令和最初の京都酵母「京の恋」開発秘話
~京都市産技研・清野珠美氏の歩みとこれから~
京都市産技研がブランド化したオリジナルの京都地域限定酵母「京都酵母」の顔といえばこの人。伝統産業・地域活性化グループ次席研究員の清野珠美氏だ。「京の恋」酵母の生みの親でもある。「京の恋」というキャッチーなネーミングも、清野氏のアイディアだ。「ちょっと甘酸っぱい初恋のイメージ」だという。
最近「京都酵母」のスポークスパーソンとして地元メディアへの露出、学会発表などを前面に立って行う機会が増えたが、本来の職掌は酵母の開発を行う研究職。学術博士と管理栄養士の資格を持ち、清酒に限らず、食品産業に利用される優良微生物の開発や製品の分析評価、地域の食品産業に対する技術支援と研究開発を専門とする。
清野氏は京都府立大学生命環境科学研究科で食品科学を学んだ。元々管理栄養士になろうと思っていたが、「実験が好きで、研究者の道を志した」という。日本酒をテーマにするようになったのは学部四回生からだが、「その時、自分の人生に、こんなに日本酒が深く関わるとは思っていなかった。感慨深いです」と清野氏は笑う。
2014年、京都市産技研に入所後、初めて酵母や微生物を専門職として扱うようになった。入所して1年ほど、京都の酒蔵に見学に行ったり、実際に蒸米や製麹などの製造に関わらせてもらったりした。「清酒酵母開発に携わるのならば、酒造りのことについて知っておいた方がいい」という上司の廣岡青央氏の親心からだ。「おかげで、酒造メーカー各社の規模感、使用している製造機械の状況を把握することができ、その後の仕事に役立った」と清野氏は感謝する。
清野氏が入所時、すでに京都市産技研では、京都限定酵母である「京の琴」「京の華」が実用化されており、「京の咲」についても研究が進んでいた。清野氏は、開発途上だった香り高い冷酒用で大吟醸向きの酵母研究を受け継いだ。「京の琴」から分離された株を選抜したもので、あと一息のところで実用化まで漕ぎ着けそうな段階だった。
しかし、そこからが大変だった。香りをしっかり出す能力を持つ菌株がなかなか選抜育種できず、試行錯誤の 日々が続いた。「こんなに酵母の開発は大変なんだと実感した」と清野氏は振り返る。それでも、ようやく香気 成分のカプロン酸エチルと酢酸イソアミル、さらにリンゴ酸も高く生成する株にたどり着いた。
そんなとき、ちょうど、京北町・羽田酒造の醸造担当である原田浩雄氏(現製造部長)が、「自社で全く新しい製品を造りたい」という相談をするために、京都市産技研にやってきた。そこで、清野氏は、実用化の前段階にあったこの酵母を、試験醸造に提供する提案をした。「羽田酒造さんが試験醸造を受け入れてくださった時、『やったー!』と思いました。」と清野氏は振り返る。同時に、実際の試験醸造での不安を取り除くため、酵母開発者として全力を尽くした。
試験醸造の結果できたのは、いちごやラズベリーのような香りを持ち、心地よい酸を出す、全く新しいタイプの日本酒だった。素晴らしい出来栄えだった。これが、令和2年(2020)、「京の恋」で醸された第一号の酒である。その後、翌年冬から春にかけて本製造が実施され、「京の恋」の酒が本格的に発売されることになった。酵母の開発は、通常一株につき10年ぐらいかかると言われている。清野氏が関わってから、わずか5年という迅速な実用化だった。「下地の研究を先輩方がしてくれていたから」と清野氏は感謝する。
「開発した酵母で醸された酒が製品になって、店頭に並んでいるのを見るのが一番嬉しい」と清野氏は満面の笑みを浮かべる。さらに、たとえば清酒以外でも、京都ならではのクラフトラムの仕込みや、パンの発酵などに京都酵母を使いたいという相談も増え、そのうちいくつかはすでに実用化の段階にあるという。
「いずれ『京都の酒といえば京都酵母の酒』だと言われるような取り組みをしていきたい」と清野氏はいう。京都酵母の描く未来を、京都市産技研と清野氏は期待を持って見つめている。
(文・山口吾往子)
その他のストーリーを見る
当ページの本文及び画像の転載・転用を禁止します。
- #開発秘話
- #京都酵母ストーリー