古くて新しい蔵|松井酒造
~京都市産技研と二人三脚の協働~
京阪出町柳駅から徒歩10分、東一条通り沿いを鴨川沿いから東に入ると、鉄筋マンションの1階に設えられた酒屋格子と杉玉が目に飛び込んでくる。2022年8月にリニューアルしたばかりというエントランス部分は、伝統的京町家風の落ち着いた佇まいとモダンな発想が程よくマッチしたセンスの良いデザインで、酒屋格子の奥にはなんと減圧蒸留機が備え付けられている。「年内にクラフトジンとラムの製造を始める予定なんです」と、出迎えてくれた松井酒造15代目当主で蔵元杜氏の松井治右衛門氏は満面の笑顔を見せた。
松井酒造は享保11年(1726年)創業。もうすぐ創業以来300年を迎えるが、松井氏の言葉を借りれば「古くて新しい酒蔵」だ。相国寺、金閣寺、銀閣寺、上賀茂神社、下鴨神社など数々の高名な寺社で御用達を務める由緒正しい酒蔵だが、高度成長期、京阪鴨東線の地下工事の影響により、酒造りの要である井戸水が使えなくなり一旦休造。平成21年(2009年)に酒造りを再開した松井氏は、能登杜氏から教えを受けたのち、平成24年より蔵元杜氏として独り立ちした。平成31年には代表取締役社長に就任、代々松井家の当主に受け継がれてきた15代目・松井治右衛門の名を踏襲している。
「古くて新しい蔵」の言葉どおり、松井酒造は、酒造りの伝統を受け継ぐとともに数々の驚くべきイノベーションを行なっている。「新しいことにどんどん挑戦していくのが松井酒造のスタイル」と松井氏はいう。「僕が一番美味しいと思うのは、酒蔵で飲んだお酒。そういったお酒を日本酒にあまり馴染みのない層に届けたい」という松井氏の思いから、松井酒造では温度管理と衛生管理に細心の注意を払ったフレッシュな無濾過生原酒を中心にしたラインナップを提供。さらに、トータルパッケージも含め消費者に訴求するものとの発想から、ボトルデザインをはじめとする様々な楽しい仕掛けが施されている。例えば、ボトルに印字された銘柄の「神蔵」の文字は書家の紫舟氏によるもので、それぞれ商品特性のイメージに合わせた美しい色のボトルパッケージが選択されている。ボトルにスマホをかざすと、2週間おきに、酒の醸造風景が専用アプリにより動画配信される。その上、試飲バーカウンターに備え付けられたリーフレットにスマホをかざすと著名なイラストレーターの米山舞氏がデザインしたキャラクター「カグラ様」が動いて喋る仕掛けなど、あっと驚く先進的な取り組みが満載だ。
そんな松井酒造と、京都市産技研が本格的に共同開発を始めたのは2年前。松井氏は、以前から京都の酒造好適米「祝」を使うなど、京都で酒を醸す独自性を打ち出す方向性を模索していた。松井酒造は、新商品として、13%という低アルコールで、かつ味わい深く、京都らしく華やかな香りのある純米酒を醸すための酵母に、「京の恋」を選んだ。「家飲み用のお酒として、低アルコールで香りが華やか、軽やかな酸のある京都らしいイメージのお酒を造るのにあたり、『京の恋』が理想的な酵母に一番近かったんです」と松井氏は振り返る。『京の恋』酵母を使用し低アルコール原酒を四段仕込みで仕上げるレシピを、京都市産技研が開発、松井酒造が製品として醸造した酒が、「純米 神蔵KAGURA 無濾過・無加水・生酒(クリア)」として結実した。「共同開発をするのは楽しかった。京都市産技研と今後も協働できれば、日本酒の裾野を広げていく仕事ができるのでは」と松井氏は夢をのせる。
「他の京都酵母も今後、新商品を考える際に一つの選択候補になりうる。京都市産技研は酒蔵にない視点や技術力も持っているので、製造の幹の部分を補強してもらえる存在。そこからどんどん枝葉を伸ばしていって、花を咲かせ実をつける部分に、酒蔵の発想力が問われる。今後も海外の消費者や、日本の若い世代に興味を持ってもらえる商品をともに世に問い続けたい」と松井氏は目を輝かせた。
(文・山口吾往子)
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