若手伝統工芸作家・職人のご紹介 京友禅 眞鍋沙智
大学在学中に、本友禅染(手描)技術者研修を受講し、友禅の魅力に惹かれて吉田喜八郎氏に師事。その後、工房Morphosphereを立ち上げ、きものとファッションとビジュアルアートを融合した独自の製品づくりを展開されている眞鍋沙智さん。和装だけでなく、異分野にも果敢に挑戦されてきた眞鍋さんに、これからのものづくりに懸ける思いを語っていただきました。
京友禅に魅せられて
幼少期から色で遊ぶのが好きだった。絵を描くことも好きで、中学生くらいまで絵画教室に通っていた。母方が京都出身で、親戚方に能楽師がいたこともあり、装束を目にしたり、きものに触れる機会が多かった。中学時代の能楽の部活動の舞台で小紋を着て袴を着けたのが最初のきものとの出会いで、その頃から京友禅をおぼろげに意識するようになった。日本史を学ぶため、一般大学に進学する道を選んだが、京友禅にも興味があったため、生まれ育った名古屋を出て京都の大学の史学科に進学した。卒業論文として、『友禅の近代化』をテーマにするほど友禅にはまっていった。
「友禅は、どうやってつくっているんだろう? って常に疑問と関心がありました。描いてる訳じゃない、プリントしてる訳じゃない、手でやってる! じゃあどういう手順で? 中の薄い色から先にやっているのかな? どうやって黒く染めているんだろう? そういうことがすごく気になって、関心を持ったのが友禅の道への最初のきっかけですね。」
大学に入学して半年後にはきものをつくりたいと思い、まず絵画の基礎を身に着けるためにデッサン教室に通った。そこで知り合った染織関係の方から産技研(旧繊維技術センター)を紹介され、本友禅染(手描)技術者研修を受講した。同期には年輩の方も多く、家業の後継者や既に友禅関連業に就業されている方ばかり。すべてが勉強になった期間だった。
「ホント、刺激的でした! 先生方がとても親切で、熱心に持っている技術や知識を惜しみなく教えてくださり、感動しました。当時、大学の授業が終わってそのまま研修に行って、黙々と作業して帰るという感じ。結構遅くまで残ってやっていましたけど、全然苦になりませんでした。染色することも初めてだったので、友禅染ってこうしてつくっていたんだとやっと理解できました。研修はすっごく面白かったんですけど、一朝一夕でどうにかなるもんじゃないなっていうことも同時に感じました。」
研修修了後、これからどうやって学ぶべきか考えていたところ、すぐに前の期の修了生と『彩葉』というグループを結成し、作品展活動をすることになった。『彩葉』はさらに前後の期を組織するかたちになり、染織関係のネットワークが次第に拡がった。
弟子入りとターニングポイント
大学卒業後、吉田喜八郎先生に弟子入りした。就職をするか進路に迷っていた時、デッサン教室で一緒に勉強していた後の兄弟子から先生を紹介された。実践型の工房だったので、行った日からいきなり筆を握らされた。やがて色合せや外回りも経験し、引染や、ろうを使った加工もやらせてもらうようになった。様々なことを経験させてもらえたおかげで、染料の特性や相性の良い色の組み合わせも実践で覚えた。独自の色彩で流行に左右されず、色が古くなる感じがしない緻密な友禅や自分の追求していくモチーフを持つことの大切さを学んだ。作品展への出品にも積極的に後押ししてもらうなど、とても寛容な師匠だった。
「自分でできることがどんどん増えて理解が深まると、自分ならこんな色にしてみたい、モチーフもこういうのが良いとか、そういったアイデアがどんどん出てくるようになってきたんです。」
体調を崩したこともあって、約3年で工房を離れた。名古屋の実家に戻り、家業を手伝ったり、アルバイトをしたり、色々違うことをしながら将来のことを考えていた。
そんな時、きもののコレクション展『UNPLUGGED』に出展してみないかと『彩葉』メンバーから誘われた。家族の後押しもあり、挑戦してみようと再び京都に戻った。師匠にも、体調が戻り細々と活動していく旨を伝え、自分の家でできる範囲の材料を揃えて、作品づくりを始めた。ただ、一からきものをつくるのは初めてだった。どうしていいのか分からない時には、『彩葉』メンバーなどに聞き、苦労しながらきものをつくり上げた。
「私は家業でやっている工房の後継者でもないので、自分で方向性を考えていかなきゃという焦りがありました。師匠と同じようなものをつくっても、劣ったものにしかならないので、思い切り逆の方向に振ってみた方がいいんじゃないかと。例えば黒を使ったり、ものすごく派手な色を使ったり、生き物を描くなど、これまで工房でやらない方がいいって言われていたことを全部やってみようと思いました。」
「でも、1人になった時に、師匠の庇護下にいたからこそ、この色でいいんだって思って仕事を進められていたことに気付きました。胡粉の濃度とか、糊の加減もこれでホントに良かったんだっけ? って分からなくなってしまって…やっぱり最終的にちゃんとチェックしてくれる人がいるのといないのとでは全然違うんですよ。」
『UNPLUGGED』への出展は、まさにターニングポイントになった。その後、5年間このイベントに参加する中で、呉服屋さんとの縁ができ、出展メンバーで一緒に販売に行くなど、少しずつ仕事につながった。その後、自身の工房Morphosphere(モルフォスフィア)を立ち上げた。
プロ養成コースの受講
きもののことを深く理解していないとお客さんと話せないことを痛感し、着付け教室にも通った。また、根本的な寸法への理解など、抜けている基礎知識を学びたいと考え、産技研のプロ養成コースも受講した。きものに付随する総合的な知識を身に付け、実践を重ねて様々な課題をクリアしていった。研修の先生方や産技研の研修担当者に知識的な面でも色々とアドバイスをもらった。
「そもそも、きものの寸法と師匠の工房でやっていなかった金彩を学びたいと思い、プロ養成コースを受講しました。違う先生の工房で友禅を学ぶことで、工房によってこんなにやり方が違うんだって驚きました。そういう意味でも面白かったですし、同期の人たちの色んな作風を見るのもすごく刺激になりました。工程全体の知識をさらに深めることができ、本当に密度の濃い研修でした。研修でお世話になった金彩の先生には、今も時間が許す限り通わせていただき、金括りを勉強させていただいています。」
お客様に寄り添う
きものの注文は、知り合いからもあるが、多くはホームページや百貨店で見て買っていただいた方からのもの。メディアからの取材をきっかけにいただく注文もある。クライアントワークの場合、お客様と話しながらつくっていく。
「カウンセリングみたいなかたちで、お客様が何を求めているのかをしっかり探りながら詰めていくのに結構時間が掛かります。どういうシチュエーションで着たいのか? モチーフは何がいいのか? コーディネートの嗜好とか、そういうことを聞いていかないと。何回も着ていただけるよう、お客様が他に持っているものとの組み合わせも考えて、カウンセリングのように色々お聞きしながらつくっていきます。」
お誂えの場合は、お客さまに寄り添いつつ、着付けやメインテナンス方法など的確な助言や提案をするための知識も必要なため、日々勉強している。一昨年から母校の『京都学』の授業で講師も担当しているが、人に分かりやすく説明することは、売り場に立った時のお客様との対話と同じことなので、自分でも勉強になると言う。
工芸とファッション、ビジュアルアートの融合を目指して
「作品は、何を追求し、表現したいものをきものとして昇華しているか。そして、それは美しいかということを常に考えながら制作しています。」
きものは着て楽しむ、絶対に着る人が美しくなる。色遊びや、色を纏うということも大切。また、絵画ときものの図案は違うので、どれだけきものに適した図案に落とし込むかということも重要である。
「ストーリーのあるきものや、世界観をもっていて、着る、観る、飾るという機能を有する工芸とファッション、ビジュアルアートの融合した作品の制作を心掛けています。
ドラマティックな構図だったり、物語を感じるような作品が好きなので、そんなきものをつくれたらいいなって思っています。」
ここ3、4年、百貨店に行くなど、小売店のような動きを1人でがむしゃらにやってきたが、限界になってきた。引き出しは増えているが、散漫になっている。それが必要な期間でもあったのだが、そろそろ1本の作風を打ち立て、今年はそれをもう少し強化したい。と言う。
「きものを通じて鑑賞者と共感し、イメージを共有したいという思いが強いので、あるべき作風をつくれた方がいいのかなって思います。より作品制作に集中し、作家として独自の世界を表現できるように努めたいと考えています。そのために、新たな技術の習得を目指しています。やはり日々勉強、修行なんです。」
年にひとつ、新しいことをやっている。プロ養成コースの受講や、つくったことのないきもの(男性のきもの、お宮参り着等)の制作もそのひとつ。今年は金彩のワークショップを検討している。また、2年前からフランス刺繍を学んでおり、いつか染織とコラボレーションした帯をつくるのが目標である。
一緒に友禅を後世に伝えたい
「一生勉強の厳しい世界ですが、自分で美しいものをつくり出した喜びや達成感は感無量です。一緒に頑張って友禅を後世に伝えていきましょう!!」
奈良時代以前からずっとある染織に比べ、手描友禅はまだ新しい。たった300~400年で消えてしまうのはもったいない。進化してきた技術をここで上手く伝えていければ、先人の努力も報われるし、多くの人が苦労してつないできているものだからこそ、続けてつながなければならないという思いが強い。
「あと、色んな人の話を楽しんで聞くことが、自分の成長につながると思います。ポジティブに捉えると、将来の自分の制作に影響してくると思う。たとえ否定的な意見をもらったとしても、それは成長するためのアドバイス。なぜ言われたのか考えることが大切。デザインを変えるとか、その対応を含めて考えていけばいい。その結果、場合によっては、無視してつくったっていいと思うんですよ。そういうことで、ウ~ってならずに楽しんでやって行ければ、自分の肥やしになっていくと思います。」
(令和2年3月 『工房Morphosphere』にて)
PROFILE
眞鍋 沙智(まなべ さち)
平成16年度みやこ技塾 京都市伝統産業技術者研修
第38回本友禅染(手描)技術者研修 修了
平成28年度京都市産業技術研究所伝統産業技術後継者育成研修
第6回京友禅染(手描)技術研修プロ養成コース専科 修了
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