若手伝統工芸作家・職人のご紹介 京友禅 福村健
大学在学中に辻󠄀が花染め作家の父に師事し、比叡山を望む工房「絵絞庵(えしぼりあん)」で作家活動に励む福村健さん。服飾ブランドとのコラボレーションや海外の展覧会出展など幅広く活動されています。家業を継ぐ決心をしたきっかけ、作品にかける思い、出会いの大切さなどについて語っていただきました。
綺麗なものをつくる
この道へ進むきっかけは、父親。父親が辻󠄀が花染め※1作家として着物を染める仕事をしており、高校生の頃からバイトで手伝っていたものの、後を継ぐことは考えていなかった。
転機は大学3回生のとき。就活をする中で、家の仕事を改めてフラットな視点で見ると、とても魅力的な仕事だと感じた。将来性は別として、面白いし、他にないし、誰もやっていない仕事。その頃から世間で”伝統産業の後継者不足”が取り沙汰されていたことも影響したという。
※1 辻󠄀が花染め 室町時代後半から桃山時代末期に用いられた染色技法。縫い締めや帽子絞り等の絞り染め技法で染分け、墨や朱で花鳥を描絵したもの。金、銀箔を使った摺り箔や刺繡で加飾したものもある。その技法が江戸時代に入って忽(こつ)然と消えたことから、幻の染めとも呼ばれる。
「他人事やと思って見てましたけど、これ、まさに僕のことやなっていうのがありまして。後を継がず、普通に就職するだけで、この技術を僕が途絶えさせるんだって…
小さいころから着物は身近で、綺麗なものをつくりたいっていう気持ちもあったし。何と言っても、絞り染めのあいまいさや、もやっとしてよくわからないところがすごく好きだったので、そういうものを自分の家でつくっているっていうのは、なんかすごい奇跡的なことだなって思いまして。」
やるなら早い方がいいと、その年の冬に父親に願い出た。「嬉しいけど、お勧めしない。」と言われたが、気持ちは変わらなかった。4回生になると授業やサークル、アルバイトへ行きつつ、毎日家の仕事をする生活を送った。
世界を拡げたい
大学卒業後は、家と徒歩5分の仕事場をひたすら往復する日々が2年続いた。学生時代に比べて生活圏が極端に狭くなり、同業の知り合いも一人もいない状態だった。この仕事についてもっと勉強したい、自分の世界をもっと拡げたいという思いが募る中、折しも京都市産業技術研究所繊維技術センターの本友禅染(手描)技術者研修※2を知った。辻󠄀が花染めと本友禅染という違いはあったが、着物をつくることは同じ。父親も同研修の修了生だったこともあって、迷わず申し込んだ。
研修仲間には、これから職人を目指す人、既に悉皆屋(しっかいや)※3など業界で働いている人もいて、年齢も背景も様々だった。研修や仲間たちとの話を通じて、着物の基礎的な知識や友禅の技法、着物業界のことを学んだ。
※2 本友禅染(手描)技術者研修 現在、(地独)京都市産業技術研究所で開催する京友禅染(手描)技術者研修基礎コース
※3 悉皆屋(しっかいや) 着物など染物の注文を取り、各分業工程に加工を依頼する仕事を生業にする人、又はその店。
「悉皆屋さんって初めて聞いたし、手描友禅についても“えー!分業なん?全部自分でやるんちゃうの!?”って驚いた。うちは全部家でやるんで、着物はそうやってつくられているって知らなかった。家にいては何もわからなかったので、産業としての仕組みや業界談などを聞いたり、話せたのは大きかったです。」
研修で出会った仲間とは、今も彩葉(本友禅染(手描)技術者研修34期~40期の修了生からなるグループの名称)で交流を続けている。
「彩葉は期をまたぐ幅広い集まりなので、同世代をはじめ、いろんな方に会えたのは良かったですね。情報交換もできるし、作品展とかも一緒にしてるし。今思うと、全てはあの研修があってのこと。糸目※4や挿友禅※5をお願いってたまに持って行ったりとか、染料屋さんに材料の相談をしたり。皆さんには公私ともに大変お世話になっています。」
※4 糸目 模様を染め分けるために、糸目糊(糸目状の防染糊)を模様の輪郭に置くこと、又はその工程。
※5 挿友禅 糸目糊で防染した模様の内側を染料で彩色すること、又はその工程。
友禅は“雅”、絞りは“土”
研修で学んだことは、現在の仕事でも役立っている。何より、手描友禅の魅力や特徴を掴んだことで、辻󠄀が花染めの魅力を再認識できたことは大きかった。
「友禅は“雅”やと思うんですよ。それに対して絞りは“土”。陶芸ですと、磁器と陶器の違いといいますか。華やかなものから、土っぽいもの。絞りは土側にあって、辻󠄀が花染めっていうのは、絞りの中で“雅”を一番高めたものなんですね。ただ、“雅”を高め過ぎたら絞りの良さがなくなっていくので、友禅が100%としたら、辻󠄀が花染めは60~80%ぐらいでつくる。絞りらしい表現、絞りにしかできない表現を目指しています。」
辻󠄀が花染めは、縫い締め、帽子絞り、傘絞り、一目絞りといった絞り染め技法、そして墨で絵柄を描く墨描技法など、どれも基本的な染色技術で成り立っているが、その技術とデザインを高度に組み合わせることで、辻󠄀が花染めというジャンルを確立しているという。
「辻󠄀が花染めの特徴は、普通の絞り染めよりも”密”なところですね。それによって緊張感が出る。絞りの下絵は、常に隙間を考えながら柄を描いています。離れ過ぎても野暮ったいし、詰まり過ぎても今度は絵柄を表現しにくくなる。
また、生地白(白生地の色)の使い方も大事にしています。父の師匠である小倉建亮先生の教えでもありますが、何も加工していない素材の色を見せることを意識してつくっています。」
辻󠄀が花染めにしかできないもの
作家として影響を受けたのはもちろん父親だが、競争意識はほとんどない。父親との違いは、“経験値”の差。ただ、その中でも、自分の新しい何かをつくっていかなければならない。
「今、辻󠄀が花染めにしかできないものってなんだろうって考えている最中です。絞りは友禅よりも圧倒的にパワーがありますから、“パワー”かつ、“雅”なものをつくれば、友禅に勝てるんじゃないかって。そういうところを突き詰めて考えられたらと思います。」
辻󠄀が花染めは一度途絶えた。伝統だからといって、なくならないわけではない。だからこそ、逆説的ではあるが、この技法でしかできないものをつくろうと意気込む。
「僕の辻󠄀が花染めは、父親とその師匠が考えたやり方です。実はめっちゃ新しい絞りなので、まだ誰もやったことがない技術があるんです。父も常に新しいやり方を模索してつくっている。ややこしい技術ですから、もっといろんな組み合わせで面白いものができる可能性はあります。いいものだけが残っていくのは間違いないので、やはり、色々チャレンジしていくのが大事かなと思います。」
チャレンジ
作品をつくるときは、毎回いろいろなことを試している。「蒼夜」という作品は、帽子絞りと縫い締めであえて絞りらしいものをつくった。「ラビリンス」という作品では、浸け染め(染料液に浸して染める)ではなく、新たな技法にトライした。これまでの作品の中で特に気に入っているのは、一番最初につくった「あかいあさ」だ。
「すごくシンプルに考えていて、雑念が無い。最近は、なんか色々いらんことを考えているかもしれないです。折にふれ見ると、何か発見がある。忘れているものとかね。やっぱり最初の作品は特別だと改めて思いますね。」
作品制作でいろいろ試行するだけでなく、幅広い活動もしている。知人の紹介で、服飾ブランド「matohu」と、慶長の美をテーマにしたコレクションでコラボレーションしたこともある。また、工房で開催しているワークショップでの交流が契機となり、パリの展覧会に参加し、現地美術学校の講師として教壇にも立った。さらには彩葉の作品展で知り合った台湾の方に招かれ、台湾での展覧会にも出展した。
「そういうのはご縁あってのことで、一人じゃできない部分がありますから。一緒にできる人と出会うっていうのは大事なことじゃないですかね。」
展示販売会以外にも、最近は工房でのワークショップに力を入れており、京都工房コンシェルジュ(京都の伝統産業を体験・見学できる工房紹介専門サイト)などにも登録。ワークショップなどで実際に着物を着ている方の意見を聞けるのは、とても勉強になるという。実際に、海外での展覧会の反応などがきっかけで、天然染料を用いた辻󠄀が花染めという新しい分野にも取り組み、ストールなどの製品を開発している。今後も新しい素材、技術にチャレンジしていく。
染色作家・職人を目指す方へ
「まずは、身体が資本なので、健康管理を大切に。それからバランス。つくるのが仕事ですから、外に出すぎても良くないし。小売屋さんみたいにお客さんが来たら作業できませんし、“結局何をしてんの?”って話になりかねないので。これから、皆さんいろんなやり方をするやろうから、その中でバランスをとってやっていくことが大事ですかね。
作業は一人でモノと向き合いますけど、いろんな方と出会ったりすることで、お仕事とかにもつながっていきます。だから、そういう出会いを大切にしてほしいです。」
これまでの自分を振り返りながら、福村氏はエールを送る。
「モノの力はすごいです。当たり前だけど、全ては自分がつくった作品や商品次第。なので、見せ方、売り方も含めて、とことん向き合い続けていってください。」
(令和元年6月、「絵絞庵(えしぼりあん)」にて)
PROFILE
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