若手伝統工芸作家・職人のご紹介 京漆器 宮木康
芸大在学中に展示会で見た漆作品に魅せられ、京都市産業技術研究所(以下、産技研)で研鑽を積み、工芸美術日工会、創工会、京都工芸美術作家協会の各会員として多数の受賞実績を持つ宮木さん。今後の活動、夢、漆芸を目指す方へ交流の大切さなどを語っていただきました。
服部先生の教えを乞い、研修へ
元来、ものをつくることが好きだったこともあり、京都市立芸術大学に進学。入学後、染織、陶磁器、漆工という各専攻分野の基礎を体験し、漆工を専攻した。漆工には、大きく三つに分けて木地と塗り(髹漆(きゅうしつ)※)、加飾がある。漆塗りの楽しさを大いに感じ、担当の望月重延先生が、いつも楽しそうに漆塗りをされていたのが印象的であったため、塗りを選んだというのが「漆」の始まりであり、出会いであった。それまで家に漆器はあったが、一度も漆と認識したことはなかった。漆工の制作プロセスと漆器に剥離や破損があったとしても、漆を塗り、覆うことで修復可能になるという特性にも魅せられた。
「在学中に先輩に誘われ、服部峻昇先生の個展に行きました。それまで見てきた作品に対しては、“それに漆を塗る必要があるの?”と思うことも多々ありましたが、僕自身が本当の漆の美しさを知らないだけでした。先生の作品は素材をいかし、図案も古典文様を現代的にアレンジされ、工芸品の枠を超えた芸術作品として完成されていました。工芸だけど、完全に美術の領域まで昇華されていました。初めて工芸分野の作品に感動しました。」
個展の感動をそのままに、早速、服部先生に弟子入りを申し込んだが、技術が未熟であったため、あっさり断られた。しかし、どうしても諦められず、服部先生が指導されている産技研の漆工研修を受講することを決意した。
※髹漆(きゅうしつ) 漆塗りを主とし、装飾文様を描かずに漆塗りだけで作品を制作する漆芸技法。
一を聞いて十を知る
産技研には、週3日通った。海外から学びに来られている方をはじめ、職人のご子息達が受講されていた。技術に秀でた方々に囲まれ、この中で勝負しなければならないというプレッシャーを感じながらも、やりがいが生まれた。
「他の人達は家でも仕事をされていたので、僕は研修でやった作業を翌日家で繰り返し、2倍の作品をつくった。夜勤しながらだったので、ハードでした。その作品が完成した時に服部先生にお見せしたら、2年間の研修で初めて褒めていただきました。」
産技研の研修では、本科で1年間学んだ後、もう1年間専科に進んだ。研修では、服部先生から「一を聞いて十を知れ」と厳しい指導を受けた。作品を見て助言もあったが、常に助言以上のものを求められた。寝ても覚めても思案し、ふとした時に答えを思いついたりしたこともあった。
「求められたことを自分の中で消化しなければ、答えたことにはならない。それは、お客様のご依頼や要望への対応にも役立っていると思います。」
作業環境を整えることにはとても苦労した。大学や産技研には漆の乾燥室、練りベラ、定盤などの設備や道具、材料、資料が揃っているうえ、すぐに先生のご指導も仰ぐことができた。しかし、自宅の工房では何もないところから始まった。そのため、母親の形見の箪笥や空箱を乾燥室代わりにし、家にある棚を作品置きにしていた。漆塗りの刷毛も伝統的な道具だけでなく、様々な現代的な刷毛をカスタマイズしている。環境を整えるのは大変であったが、いろいろと工夫することが楽しいという。
影響を受けた方々
「まずは望月先生かな。いつも楽しそうだったのと粘土原型石膏型というものすごく手間が掛かるやり方にこだわって制作されています。あの技法でしか作れないかたちってあるんですよ。先生から学べたから、漆は面白いと感じました。そのあと服部先生。僕が進んでいる方向は、すべて服部先生に影響を受けたものです。それから三木啓樂さん。心身ともに疲れていた時期に三木さんから“遊びにおいで”と声を掛けていただき、救われたこともあります。ちゃんと昔のやり方も人一倍勉強されていて、それらを合理的に捉えて実践されています。三木さんとの出会いがなければ、漆を続けられていなかったかもしれません。」
“芸術分野で何かを残すには30歳までが勝負”と教えていただいた先生のアドバイスもあり、環境を言い訳にせず奮起し、30歳直前に公募展である京展に入選した。その後、制作活動にまい進し、つくり上げた作品が同年に開催された日展に入選した。そして、当時の創工会漆工部門のトップであった服部先生や村田好謙先生の推薦を受けて創工会員となった。それからは、自分の失敗は、自分一人の失敗ではないということを胸に刻んだ。
「展覧会に出す以上、必ず賞を取りに行かなければならないし、賞を取るために、限界まで作品に打ち込むようになりました。寝てなくて、顔が真緑だと言われたこともあります。強迫観念に駆られていたのかもしれないけど、作業場で作業して、ぽてっと気絶して、また作業してみたいな。それでも、作品制作は苦労というよりも、魅せられている感じが強いです。」
賞を取れないのは自分に負けたから
印象に残っている受賞がある。タイトルを鈴木雅也先生に付けていただいた「はばたき」という作品で、人生初の賞となった日工会展日工会大賞や賞を取りに行って勝ちとった全関西美術展第1席。賞を取るためのモチベーションが、激しい競争心から生まれていたと振り返る。
「芸大時代、普段は優しかった望月先生の“賞を取れないのは自分に負けたから”という厳しい言葉が印象的でした。“もう無理です、これ以上できません”と思うくらい自分を限界に追い込むと、何かくれます。逆に“どこか手を抜いてるな”と思うところがあるとくれません。執念が見えるのかな…でも、もうちょっと楽にしたいんですけど。」
作品は、身近なことを題材とし、コストと作業時間といった生産性を考慮しつつ、脱乾漆と発泡新乾漆を併用した発泡スチロールを用いなければできない構造にこだわって制作している。
三木さんから、3年を目途に作品イメージを変えた方がよいとアドバイスを受けていた。最初は、岐阜県と福井県の県境にある油坂峠に残る伝説『蝶の水』をテーマに『流音』などの作品を2~3年制作した。その後、好きなバイクに乗っている時、頭の後ろでくるっと回る風をイメージした『赤い風』をはじめ、『フロリダの風』など、風をテーマとした作品を約3年制作した。そして昨年、バイクで信号待ちしていた時にふと見上げた烏丸御池の空をテーマにした作品『光の余韻』を制作し、2018年の創工展で発表した。
「漆」本来の特徴を大切に
最近は、公募展や個展の出展に加え、グループ展に誘われて出展したり、知人の大切な品物の金継を行うこともある。漆と新しい材料を混合するなど、漆の良さを引き出す新素材の研究も行っているという。
「特に京都の場合、下地が重要だと思います。漆の魅力というと確かに表面的な綺麗さというのはあるのですが、下地にどれだけ手間をかけてあげるのかということも最終的な仕上がりの面で大変重要ではないかと思っています。普及させるという面では、手間ばかり掛かってもダメなんですけどね…」
漆を塗るためにふさわしい素材やかたち、保存すべきものにこだわりたい。最近は、漆の長所を無視した製品や商売の仕方に危機感を覚えるという。
「飲食する際、口に優しくなめらかな感触がある漆器の魅力をもっと認識してもらいたいと思います。」
人生にチャンスは3度だけしかない
「いつか海外でやった方がいいのかな。以前やった展覧会でも、外国の方がめっちゃ食いついてくれるんです。海外で展覧会を開く東京のギャラリーの方やオランダのギャラリーを紹介するという親戚もおり、多分そのうち連れていかれるだろうなと思っています。」
三木さんからいただいた言葉がある。“人生にチャンスは3度、掴めるのは1度だけ”体力と技術があるうちに、そのチャンスを逃がさないように常に頑張っていきたいと語った。
これから漆芸を目指す方へ
「仕事を楽しんでください。あと、いろんな分野の人と交流した方がいいと思います。話せばいろんなことを教えてもらえるし、知識も広がって思わぬ発見もあります。今の人は昔と違い、小奇麗な身なりでニコニコしながら作品を売ることを求められます。いろんな人と話慣れていないと、緊張して話せないですから。」
最後に、自らの経験を振り返りながら、「くれぐれも健康に注意してほしい」と付け加えた。
(平成31年3月、宮木工房にて)
PROFILE
宮木 康 (ミヤキ コウ)
平成19年度みやこ技塾京都市伝統産業技術者研修
漆工本科コース修了
平成20年度みやこ技塾京都市伝統産業技術者研修
漆工専科コース修了
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