若手伝統工芸作家・職人のご紹介 京漆器 石原律枝
中学校の修学旅行を契機に京都に来られ、洋画と茶道を学んだ後、京都市産業技術研究所(以下、産技研)で漆工を学ばれた石原律枝さん。産技研1階の漆塗りエレベーター扉の蒔絵も担当されています。現在、茶道具を中心とした蒔絵制作とともに、金継ぎ講座の講師や茶道指導助手を務められるなど、多方面で活躍されている石原さんに蒔絵作家を目指したきっかけ、作品づくりへの思い、漆芸を目指す方への期待などを語っていただきました。
蒔絵作家への道
京都に来たきっかけは、中学校の修学旅行。平安神宮で青空に朱塗りの鳥居が映えた美しさと広大な空間に感動し、”ここにまた来るかもしれない”と直感した。後にそれは現実となる。京都の大学で洋画を学んだ後、お茶が好きな両親の勧めで裏千家の茶道専門学校に入学した。当時は着物の着方も正座の姿勢も知らず、初めて日本伝統文化を意識したという。
「3年間、毎日季節ごとに変わる茶道具を見て稽古に励む中で、大学で絵を学んだこともあり、金銀で繊細に描かれた道具たちが魅力的に思えました。陶芸の道か漆芸の道かで迷いましたが、漆の方がかぶれるという試練があるし、それに打ち勝てば漆に選ばれたと実感でき、きっと続けていけると思いました。」
弟子入りして漆を学ぼうと手を尽くしたが、叶わなかった。しかし、その中で訪ねた工房のお弟子さんから、産技研を紹介され、産技研で漆工を勉強しようと決心した。調べてみると、タイミング良く漆工本科コースの募集があり、早速、受験のために初めて漆を購入した。
「初めて漆で骨董品の蓋裏に黒・赤・白漆で千鳥や波などを線描きして、試験に持って行きました。試験は無事合格。工芸品の制作には、お茶を学んできたことが自分の強みになるかもしれないと思いました。」
研修で、手袋なしで漆の作業をするとかぶれのために腕がぱんぱんに赤く腫れ上がり、ひどい痒みが続いた。次第に腫れはやけど状にまだらになり、夏の半袖が悩ましかった。腕のかぶれは、女性として気にはなったが、半年も経つと体が漆に慣れてかぶれ跡が薄くなり消えていた。漆に打ち勝った瞬間であった。
油絵の感覚をいかす
産技研の漆工コースでは、ヘラづくりから始まり、漆の下地、塗り、磨きの工程、漆の科学的な知識などみっちり基礎を習う。最初は、工芸品といえば古典文様と思い込んでいたが、講師の先生に大学で学んだ油絵の感覚をいかすよう、アドバイスを受けた。先生には、いろいろな道具を使いこなす技や知恵、蒔絵技法、漆をコントロールする効率的な作業の仕方を教わった。
「研修時代の授業のノートは、大切に保管しています。最近は、教える立場になって見直す回数も多くなりました。どこの工房にも入門していないので、悩んだときにいつでも基本に戻れる道標となっています。私にとっては産技研が漆の師匠です。」
産技研での研修後、福知山の夜久野にある『やくの木と漆の館』で、半年間、漆塗りを指導しながらコツコツと自宅で作品を作っていた。その作品を出展したことで、東京の企業から海外に出展する家具の蒔絵の依頼を受けた。本格的に作品を制作するべく、金属工芸作家の兄と『工房 是空庵』で一緒に仕事を始めることにした。そんな中、若手職人や工芸家が多数応募する公募展、『京都工芸ビエンナーレ』に出展した。五角形のオリジナル重箱を作ったので、見たことのない新しい蒔絵を描いてほしいと九州のお客様から依頼された作品を出展した。この作品は、見事に入選を果たした。
お茶会でお客様に喜ばれるものをつくりたい
棗(なつめ)をはじめ、茶道具をお茶会で展示するようになると、作品を気に入った参加者から、徐々に注文が入るようになった。デザインは、古典文様から幾何学的なモダンなものまで幅広い。お茶仲間や知人からの依頼が多く、お茶道具屋さんには置いていないような絵柄で作ってほしいとの依頼もあるという。
「お客様の顔が見えるオーダーメイドの仕事が中心です。値段には、寛容な人が多い。 だからこそ、使いやすくお客様の思い描くイメージに近づけるよう、その雰囲気に合う技法をいくつも考えて選び、描いていきます。他のお道具との取り合わせもあるので、デザインの難しさはありますが、自分の特徴としている高蒔絵や色蒔絵で華やかな存在感と、なにより遊び心が感じられる作品を制作したいと思っています。お茶席で楽しい会話が生まれるものを作りたいですね。」
お茶のつながりがきっかけで、金継ぎの講師の打診を受けた。金継ぎは、欠けた茶道具などを修復するもので、作業中は、無心になり大切なものを修繕したときの喜びもあることから、今では全国から人が集まる人気の教室となっている。生徒さんが持ってくる器の状態もいろいろ。その時々にあれこれ工程方法を考え、生徒さんの希望を聞きながら指導している。
『動く蒔絵』への挑戦
産技研の1階ホールに、訪れる人の目を引く漆塗りエレベーターがある。エレベーターの制作にあたり黒く光る漆塗りの扉の蒔絵を任された。
「先輩で有名な方も他にたくさんいらっしゃいますので、最初はお断りしたのですが、いろんなタイミングが重なったこともあり、お世話になった産技研と先生への恩返しの気持ちもあって、”ならばやるしかない”とお引き受けしました。」
建材に蒔絵を施す体験は初めて。しかも動くものであり、どう絵をつけようかと悩んだ。桜に紅葉という雲綿模様は昔ながらのモチーフ、それを塗り師さんが丁寧に仕上げてくれた黒塗りの鏡面の輝きにどう表現するかが現代の蒔絵としてのチャレンジだったという。
「最初の案は、桜ともみじをワンポイントで良いというお話をいただきましたが、制作しているうちに絵柄が増え、儲けと関係なく、やりたいようにやらせていただきました。結果的には、華やかになりました。ちなみにその時の制作場所は築80年の小さな自宅。エレベ-タ-の扉は巨大ですから、鉄板の重さに床がたわむほどでした。3箇月間、毎日必死に取り組みました。」
蒔絵は最後の工程なので、工期の遅れの影響を受けた。制作においては妥協を許さず、行き詰まった時には産技研にも相談した。効率を最大限に考え工夫を重ねて、通常なら半年以上かかる仕事を3箇月でやり遂げた。まさに『動く蒔絵』が誕生した瞬間であった。
―桜吹雪が舞う頃、清々しい風に楓の若葉が揺れ始め、深緑の景色へと姿を移す。競うように艶やかに色づいては、天高く吹き抜ける錦の風に乗り、そして季節は巡る。―
季節の移ろいを流れるように表現し、『風香に酔う四季の詩』と名付けられた漆エレベーター扉は、京都の伝統技術とイノベーションの象徴として、産技研の来所者の注目を集め続けている。(その後、上京区役所1階の漆エレベーター『清流を粧う四季の花』の蒔絵も担当。)
新しい見せ方の提案
蒔絵に陶片やガラスなどを使った独特の細工世界が面白い小川破笠(おがわはりつ)や超絶技巧(どうやって作ったのだろうと思わせる技術)の白山松哉(しらやましょうさい)、生き生きとした美しい感性の守屋松亭(もりやしょうてい)に魅力を感じるという。 もっと新しい漆芸のバリエーションができそうな感じもするが、試してみると失敗も多い。気になるのは道具。漆の道具だけではもの足りなくなり、街に出れば新たに使えそうな便利な道具を漆以外のジャンルから探す。洋服よりも道具や材料購入を優先してしまうと笑う。
「永く喜ばれる一品でありますようにと使われる場面を思い浮かべながら作品制作を続けています。基本を大切にいろいろな素材や現代のセンス、アイデアをミックスしながら、自分なりの応用を利かせた表現方法を開発し、新しい見せ方の提案をしたいと思っています。」
仕事は今までどおり自分のペースを崩さず、自分の手の届く範囲でこなして行くことが理想。上七軒が近いので、お酒を飲みながら芸妓さん、舞妓さんの髪飾りやしきたり、季節の習わしなどを聞き、作品づくりのヒントをもらうこともあるという。今は金工作家の兄と作品展を開催するべく、コラボ作品の案も練っており,創作意欲も旺盛である。
「産技研研修修了生による、漆芸・陶芸・竹工芸・染織の若手作家ばかりの意欲的な作品でお茶会を催すのも楽しそうだなぁ。と考えると、産技研工芸仲間とのつながりが欲しいところでもありますね。どなたか一緒にグループを作りませんか?」
何でも行動を起こさなければ始まらない
産技研の漆工応用コースの受講生に対して、年1回の茶道実習を担当している。自分達が作ろうとしている道具がどのような空間で使用されているのか、季節ごとの花、お菓子、歳時記、様々な文様の意味を知り、何にでも素直に興味を持って作品づくりのアイデアを沢山発見できる柔軟な意識を持てる生徒さんになってほしいと期待を懸ける。
「何でも行動を起こさなければ始まらない。失敗するのも経験、勉強です。それにめげず、懲りずにやり続けてほしい。継続は力なり。私の場合、茶道や漆といった伝統的な世界に入り込めたのは、新しい知識を学ぶことに楽しみを持てたからだと思います。日本伝統文化、工芸世界の奥深さを多くの先生方から教えていただきました。たくさんのご縁に感謝しています。」
伝統工芸の担い手育成は、永遠の課題で継続的に取り組む必要があり、ますます重要性が増している。産技研の職員や同期の研修生のみならず、他業種の方々との情報交換の場や研鑽の場所として産技研への期待を膨らませている。
(平成30年6月 『工房 是空庵』にて)
PROFILE
石原 律枝(イシハラ リツエ)
平成15年度 みやこ技塾 京都市伝統産業技術者研修 漆工本科コース 修了
平成16年度 みやこ技塾 京都市伝統産業技術者研修 漆工専科コース 修了
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