若手伝統工芸作家・職人のご紹介 京友禅 寺坂ひとみ
自然豊かな環境の中で工房を構える染色作家の寺坂ひとみさん。多様な染色技法を習得して、着物や帯、小物などをつくっておられます。弟子入りから独立までの道のり、作品づくりへの思い、研修の同期生との関わりなどについて語っていただきました。
建築業界から染色業界へ
兵庫県豊岡市の出身であるが、建築会社に就職が決まり京都に移住。もともと絵を描くことと、着物が好きだったため、設計の仕事をする傍ら、日本画と着付けを習っていた。ただ、その当時は着物を着ることが好きなだけで、つくることは考えていなかった。着物好きの母の友人に声をかけてもらったことが縁で、後に師匠となる着物作家と知り合った。工房へ出入りする中で、染色作家への夢が膨らんでいた矢先、師匠から声をかけていただいたことがきっかけで弟子入りを決めた。
「何も分からないから、一からのスタートでした。ノートを持って、どんなに細かい事でもメモをしました。着付けをやっていたので、着物の知識は少しありましたが、寸法や名称も分からなくて…。年齢も年齢やし、焦っていました。」
弟子入りしてしばらく経った頃、偶然手にした葉書を見て知った京都彩芸美術協同組合(現在の、京都手描友禅協同組合)の青年会に入会。業界の様々な分野の方々との交流を通じ、友禅や絞りなど他の工房の未知なる技法に衝撃を受けた。師匠の制作工程がスタンダードだと思っていたので、まさにカルチャーショックであった。そこで一度、手描友禅の本格的な技法を学んでみたいと考え、当時の京都市産業技術研究所繊維技術センター(現在の(地独)京都市産業技術研究所(以下、産技研))が実施するみやこ技塾京都市伝統産業技術者研修第41回本友禅染(手描)技術者研修(以下、研修)に通い始めた。
「作品をつくる時、細い線はロウで描けないから糸目を使おうとか、そういう選択肢が広がりました。それまではゴム糸目を使ったことが無かったので、せっかく細かい線を描けるようになったから、レースみたいな細かい柄を描こうとか。」
産技研の研修を受けたことで新たな技法を習得できただけでなく、同期生と巡り合えたことも財産になったという。
横の繋がりに助けられた
研修を修了した年には、工房の事情もあって師匠のもとから独立した。弟子入り時から、将来的に独立する意思を固めていたとはいえ、タイミングは想定していたよりも早かった。しかし、その時迷いはなかった。
独立した当初は、師匠の工房を間借りしながら、仕事を請け負っていた。その間も、終業後に他の工房に通って様々な技法を学ぶなど、日々新たな技法の習得に励んだ。特に1年目は収入の面では大変だったが、いつも気持ちは前向きでそれを苦労と感じたことはないと語る。
「繋がりができたことが私の礎になっています。色々な方に出会えたことで技術を固めていきました。仕事も紹介していただきました。本当にご縁に助けられています。」
技法の習得や仕事の紹介など、青年会のメンバーや研修の同期生をはじめとする横の繋がりに助けられたことが多々ある。自動車の購入時に、担当者から着物小売店を紹介してもらい、仕事に繋がったこともあった。どこで、どうやって繋がるか分からない。現在に至るまで、繋がったご縁を常に大切にしている。だから基本的には、仕事を紹介されて断ることは無く、取引先や業界関係者等からの信頼も厚い。
「仕事を紹介されれば、断らないようにしています。やってみなければわからない。まず何でもやってみて、そこから試行錯誤する。最初から凄く考えて行動に移す方もいますが、私の場合やってみないと始まらないと考えています。」
同じ人の作品?!
現在は、滋賀県に染めの工房「奈緒音(なおん)」を構え、制作活動を行う。一珍糊友禅、無線友禅、ローケツ染、糸目友禅、濡れぼかし染、草木染など、作品に合わせて、これらの技法を使い分けたり、時には組み合わせたりして表現している。あらゆる技法を用いるため、展示会や催事の時に「1人の作品とは思えない」とお客様が驚かれることもあるそうだ。
「イメージしたものに仕上げようとしたら、これはロウの方がいいとか、糸目友禅がいいとか。イメージに合わせて、持っている引き出しの中からこれにしようと考えます。自分が表現したい作品のイメージに合わせて技法を抽出するやり方が多いです。」
テーマやそのストーリー性を意識した作品づくりにも果敢に取り組む。着てもらって楽しくなるもの、時には笑えるものをと思い、デザインしている。最近、特に好評なのは、猫を取り入れた作品で、贔屓にしてくださるお客様も増えている。
「お客様が飼われている猫や犬、鳥を帯にしてほしいといったお話もよく頂きます。モチーフと地色だけ決めてもらい、あとは自由にイメージさせていただくことが多いですね。」
京都市内に住んでいた時も、休日には自然を求めて郊外に出かけた。工房を構えてからは、すぐに裏山で気分転換することができる。畑では野菜を育て、山では山菜を採り、草木染に使う材料も調達する。そういった影響もあって、作品のデザインをする時に自然の柄をモチーフにすることが多い。今後は、そんな自然に囲まれた工房で一般消費者向けのワークショップなどを企画したいと語る。もっと身近に染色を感じてもらえる機会を創出したいという思いがあり、日々の作品づくり以外での工房の活用方法を模索している。
41的STYLE
現在は作家活動の傍ら、研修の同期生が集う染色集団41的STYLEの代表としてグループをまとめている。常に新しい提案と表現に取り組むことをモットーとして、年に1度のグループ展を行うほか、研修修了後も親交を深めている
「同期の存在は有り難いです。毎年グループ展をすることができますし、仕事を回してくれる方もいます。異業種の方が多いので、色々なことを教えてもらえます。同世代で染色関係の話をできる人はあまりいないので、特に何事にも挑戦したい私にとっては、それが一番大きいかも。」
グループ展前には、テーマを決めて共同制作をすることが多い。昨年は、自らの工房にメンバーが集まり、ろうけつ染の手拭いを作った。型染や草木染で作品をつくった年もある。様々な技法にチャレンジできる勉強会としての共同制作は、各々にとって有意義な機会だと捉えている。
技術面での目標はキリがない
着物や帯の染色だけでなく、バッグや名刺入れなど小物類のデザインから縫製も全て自ら行う。かつて、建築士として設計に携わっていた前職の経験も活かされている。手を広げすぎだという自覚はあるが、刺繍や撒き糊、型絵染など、まだ習得していない技法にも関心があり、更なる修練に余念がない。
「技術面での目標に関してはキリがないですね。たとえ広く、浅くなったとしても、自分のイメージ通りに仕上げるためには、自分でするしかないなと思ってやっています。つまりはこだわり。そう言えば聞こえはいいですが、自分の作品に対するこだわりが強すぎて人には任せられない…ある意味、それが寺坂的STYLEです。」
(平成29年3月、染めの工房「奈緒音」にて)
PROFILE
寺坂 ひとみ(てらさか ひとみ)
平成19年度みやこ技塾京都市産業技術者研修
第41回本友禅染(手描)技術者研修 修了
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