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IVS2025サイドイベント
伝統と先進が共存する京都の若手蔵元と醸造家の挑戦

2026.03.04

京都の新進気鋭の日本酒の蔵元と、革新的なアプローチでSAKEの枠を広げる新進気鋭の醸造家。立場は違えど「発酵」という文化を軸に、これからの時代にどのような価値を創造していくのか。

2025年7月に行われた、齊藤酒造の齊藤氏、LINNÉの今井氏によるトークセッションの模様を、余すことなく全文掲載いたします。


日本酒は「世界酒」になれるか? 京都の蔵元×SAKEの醸造家が語る「発酵の新時代」

〘齊藤〙 齊藤酒造の齊藤でございます。 自己紹介ということで、社長をやらせていただいて3年になります。 当社が明治28年の創業で、今年の10月で130周年を迎えますと言うと、「長いですね」と言っていただく方も多いですけど、実は伏見の酒蔵の中ではかなり短い歴史の酒蔵になります。 私で酒蔵を始めて五代目、齊藤家としては13代目になります。 まだ京都では正直、若い酒蔵ですから、今後ももっと頑張っていかないといけないと思っているところです。 今日はどうぞよろしくお願いします。

〘今井〙 LINNÉの代表で、醸造家としてお酒を作っております。 LINNÉは去年2024年に立ち上がったばかりの、よちよち歩きの会社ではあるんですけども、もともと私は実家が群馬の酒蔵で、1841年創業という江戸時代後期からの蔵元に生まれ、兄が八代目です。 私自身は日本酒業界全体を盛り上げたいと思って、2016年にWAKAZEという日本酒のスタートアップを仲間と創業しまして、東京に蔵を立ち上げた翌年、パリに酒蔵を立ち上げて、四年半ぐらいフランスに住んでいました。 京都の酒造会社さんとの提携もあってアメリカで酒造りをしたり、日仏米で酒造りをしてきて、日本に去年戻ってきました。 また日本でしかできないことに挑戦したいなと思ってLINNÉを立ち上げたばかりです。 実はまだ自社の酒蔵はないんですけど、本社は京都リサーチパーク内にあります。 創業の頃から産技研さんには、技術面や人のつながりの面でたくさんサポートいただいて、今回もお声がけいただき本当に感謝しております。 今日はよろしくお願いします。

事業が創造する価値を再定義

エンターテインメントとしての「酒」とSAKEの米からの解放

〘廣岡〙 これからお二人に、ご自身の事業をナラティブにお話しいただこうかなと思っています。 ナラティブというのは、これまでに蓄積された経験や価値観をお話しいただいて、時代の変化に応じた将来のビジョン、そしてそれを実現するために今どういうことをやるかという「過去、未来、今」の取り組みをお話しいただくということです。 早速ですが、最初に事業がどのような価値を生み出しているのか、ビジネスの課題とその克服を含めて、齊藤さんからお願いします。

〘齊藤〙 私の経験ということで、お酒の立ち位置とは何なのかをよく考えております。 お酒はカテゴライズとしては飲食物ですが、それだけで本当にいいのだろうかと。 日本酒に限らず、すべてのアルコール飲料は国内需要が減っています。 減っているということは、どこかの競合に負けているということです。 その競合とは、私はエンターテインメントであると考えています。 例えば京都からディズニーランドに遊びに行ったとします。 私は毎日日本酒を二合飲むのですが、ディズニーで遊んでホテルに帰ってきた夜、二合はまず飲まないですよね。 翌日京都に帰ってきて、飲まなかった分の合計四合を飲むかというとそうはならず、やはり二合なんです。 前の日に飲まなかった二合は、ディズニーランドというエンターテインメントに負けたということです。 つまり、お酒は単なる飲食ではなく「飲む楽しさ」に価値があり、お客様にお酒を通して楽しさやエンターテインメント性を感じていただくことが事業の価値だと考えています。

〘廣岡〙 お酒は単なるお腹を満たすものではないということですね。 今井さんもお願いします。

〘今井〙 私は生まれたての会社として、この「SAKE」という地球上で最も普遍的な定義がどこまでいけるのか、という挑戦についてお話しします。 寿司や柔道が「日本人が思ったもの」から世界的な競技や文化へと変化したように、SAKEを再定義していく必要があると思っています。 そのテーマの一つが「米からの解放」です。 米を発酵させる酒というイメージから、万物を日本的な手法で発酵をさせた液体をSAKEと呼ぼうという野心的なことを考えています。 会社名の「LINNÉ(リンネ)」は、自然界の万物を分類して名前を付けた博物学者カール・フォン・リンネから取っています。 博物学の視点から、日本的な発酵によって生まれるSAKEに新しい価値を出すことに挑戦しています。

価値創造のための具体的な取り組みと動機

「世界酒」への挑戦と、京都へのこだわり

〘廣岡〙 エンターテインメント性、そして日本という枠を超えた「世界酒」としての可能性など、面白いお話が聞けそうです。 次に、その価値を創造するための具体的な取り組みや、自社の強み、動機について今井さんからお願いします。

〘今井〙 動機については、日本酒を「世界酒」にするという目標で前職のWAKAZEを立ち上げ、今も挑戦を続けています。 ビールやワインのように世界中で愛される醸造酒になるには、世界中に造り手が増えることが大事だと思っています。 最終的に飲まれる一歩手前で、美味しい液体に出会って「これ造りたい」という熱量が世界中で溢れるステップが必要です。 フランスやアメリカでの事例があると「自分でもできそうだ」と思えたり、米以外の素材でも作れることがわかれば、既成概念がほぐれていきます。 そうした造り手同士の切磋琢磨や、ジャンルを超えた知見を総動員して新しいところに向かっていくことにワクワクして、こだわってきました。

〘廣岡〙 日本酒を、ワインのように世界中で造られ広がるものにしたい、狭い範囲だけで飲まれているエスニックな飲料から脱却させていきたい、という動機ですね。 齊藤さんもお願いします。

〘齊藤〙 当社が取り組んできたことは、先代である父の代から「時代が変わる中で、変わらねばならない」という意識が長くありました。 35年ほど前までは普通酒しか造っていませんでしたが、私が生まれた頃に大吟醸などの特定名称酒を造り始めました。 その時に出会ったのが、京都府外では生産できず、京都の酒蔵しか使えない「祝(いわい)」というお米です。 非常に造りづらい癖のあるお米ですが、うまくコントロールすると非常に面白い味になります。 父も「京都には観光客が多く、皆さんはエンターテインメントを求めて来られている。そこに京都というものを確立していくんだ」と言っていました。 祝を使ったり、産技研さんがらつくられた「京都酵母」の、燗酒にすると旨味成分が増える「京の珀」を使ったりして、京都を感じていただけるお酒を造ることが当社の価値だと思っています。

将来のビジョンと未来の展望

変化を恐れず、未来の市場を切り拓く

〘廣岡〙 お二人の考えや取り組み、世界酒への挑戦、京都というこだわり、そして「こういうお酒を造りたい」という思いは、製品をどう楽しんでいただくかという根本の部分で共通しているのですね。では将来のビジョン、未来のワクワクする景色について、齊藤さんからお願いします。

〘齊藤〙 日本酒業界の数字的な未来は、正直あまり明るくありません。 日本酒をたくさん飲んでいただいているのは団塊の世代の方々ですが、20〜30年後には彼らは90代後半になり、人口ピラミッドも変わっています。 日本人だけで言うなら、新しく20歳になる人の数も減っています。 厳しい状況下で、今までと同じことをやっていては生き残れません。 現在、国内のアルコール飲料における日本酒のシェアは5%もありません。 1300ほどの酒蔵で、少ないシェアを食い合っている状態です。 そこで日本酒の技術を使いつつ、違ったアプローチができないかと考え、シャンパンの製法で作ったスパークリング日本酒を3年ほど前に出しました。 1本5000円ほどする製品ですが、既存の居酒屋ルートではなく、フレンチやイタリアンといった、競合がスパークリングワインになるような世界へアプローチしています。 まだ新ジャンルのようなもので売り上げはこれからですが、動き続け、挑戦し続けないと埋もれてしまいます。 これがゴールではありませんが、新しいことに挑戦し続けたいと思っています。

〘廣岡〙 時代の変化に応じて新しいユーザーを作っていくということですね。 今井さんのワクワクする景色はいかがでしょうか。

〘今井〙 去年の年末に「麹を用いた伝統的な酒造り」がユネスコ無形文化遺産に登録されました。 これをピークにせず、未来や世界にどうつなげるかが現代の醸造家に必要だと思っています。 日本人が2000年近くかけて、米というピュアな素材から多様な酒を造ってきた技術は、植物素材の付加価値を増幅させる凄まじい技術です。 これを他の素材にも展開していくことにワクワクしています。 実際、蕎麦や大麦などの穀物と掛け合わせると、今までにない液体が生まれます。 世界中の造り手や地域と掛け合わさって、食卓が豊かになることを想像しています。 またアルコールにこだわる必要もなく、甘酒や、日本の発酵技術を野菜に応用して旨味を引き出すような手法にも可能性があります。 海外のレストランなどが発酵を自由に楽しんでいるのを見ると悔しい気持ちもあります。 日本人こそが発酵を世界一やってきた文化にアイデンティティを持ち、これからは応用の時代として新しいものに挑戦していく、そこに可能性を感じています。

ビジョン実現のための戦略と存在意義

伝統とは「変化」の積み重ね

〘廣岡〙 伝統を受け継ぐ蔵元と、枠を広げる新事業、このペアは非常に面白いです。 では、それを実現するための戦略や、自社の存在意義について今井さんからお願いします。

〘今井〙 私は、何よりも自分が楽しみながら、ワクワクを次世代に伝えていきたいと思っています。 現在LINNÉには酒蔵がありませんが、全国各地の蔵をお借りして酒造りをしています。 酒蔵がより開かれた場所になれば、場所がなくても挑戦は可能です。 規制を理由にできないと言うのではなく、発想を転換して今できることを突き進めることが一つです。 そしてもう一つ、来年には京都市内に自社の醸造所を立ち上げる準備をしています。 そこをコンパクトでも開かれた場所にして、ものづくりをしたい人が集まるシェアリング・ブルワリーのような場所にしたい。 既存の酒蔵が自社でできないことを一緒にやったり、異業種の方と素材を掛け合わせたりできる拠点です。 技術を惜しみなく教え、世界中で同時多発的にあらゆる素材で発酵が起きる状態を早く作りたいと思っています。 オープンなスタンスで、京都という土地に向き合っていくのが私のやるべきことだと考えています。

〘廣岡〙 京都を戦略の場に選んでいただき感謝します。 抱え込むのではなく、広がりを持たせて仲間を増やしていく戦略ですね。 では齊藤さん、お願いします。

〘齊藤〙 私も考えは非常に似ています。 「変わらないと変えられない」という思いがあり、社内で「また変なことを言い始めた」と思われても、めげずに挑戦しています。 スパークリング日本酒も、一社だけではなく他の蔵も増えてみんなでPRしていけば、世の中の常識が変わります。 伝統とは単に古いものを守ることではなく、変化して生き残り、振り返った時に積み重なっている歴史のことだと私は思っています。 実際、今の特定名称酒制度ができたのはわずか35年ほど前で、昔は特級や一級といった区分でした。 短い期間に大きな変革が起き、法律も変わっています。 40年後には今の大吟醸がなくなっているかもしれません。 あらゆる可能性を排除せず、柔軟な考えで新しいことにチャレンジし、一社だけでなく他社も巻き込んで一つの常識を作っていく。 それがお互いのメリットになり、世の中を変えていく原点だと思っています。

〘廣岡〙 時代の変化に応じて変わり、仲間を作っていくというお二人の考えは共通しており、連携することで京都はいい方向に向かうと確信しました。 最後に言い残したことはありますか。

〘今井〙 いろんな素材が支え合う「再定義された酒」のイメージとして「さざれ石」が浮かびます。 小さな粒が集まって大きな塊(巌)になるように、一つ一つの挑戦が未来に繋がればいいなと。 例えばお米が不足しても、蕎麦などの他の素材で酒造技術が繋がっていけば、伝統は守られます。 日本的なイメージの中で新しいものを造り、その下敷きになれたら嬉しいです。

〘廣岡〙 齊藤さんはいかがですか。

〘齊藤〙 お話を聞いて考え方が非常に近いと感じました。 米不足や価格高騰など、日本酒業界は今、戦後最大の危機と言われるほど大変な状況です。 日本酒はお米以外使えないというルールがあり、逃げ道がありません。 リスク分散という意味でも、今井さんが取り組まれている素材の多様化は非常に価値があることだと感じました。

〘廣岡〙 お米問題は深刻ですが、様々な可能性を考えていくのは我々の責務ですね。この後のネットワーキングの時間に、お二人も参加されますので、ぜひ直接お話しして理解を深めていただければと思います。 本日はありがとうございました。

イベント参加者アンケート:伝統と革新への挑戦を振り返って

  • 清酒業界のフロントランナーの考えや想いを知ることができ、非常に有意義だった 。
  • 若手社長たちの挑戦を聞き、ますます応援したくなった 。
  • 蔵元と先進醸造家のコラボは、互いの気づきやイノベーションに繋がる素晴らしい企画だった 。
  • 普段は聞けない貴重な対談をリアルで聴講でき、大変勉強になった 。
  • 伝統産業の課題解決に向けた、このような交流イベントがもっと増えてほしい 。
  • 「伝統技術」や「京都酵母」をテーマにした次回の開催も期待している 。

登壇者

PROFILE

寺社のような建物の前で、着物に羽織をまとった笑顔の男性が、酒樽や大黒天の石像の隣に立っている様子。


齊藤洸 氏 齊藤酒造株式会社 代表取締役社長

齊藤家十三代目。1990年齊藤家の長男として伏見で産まれ、東京農業大学で醸造学と経営学を学んだ。4年間株式会社オリエンタルランドで準社員として勤務ののち同社へ。2022年9月より代表取締役社長。全国新酒鑑評会での14年連続金賞受賞は、高い醸造技術を裏付けるもの。海外輸出やスパークリング清酒など日本酒の新たな可能性に挑戦している。伏見酒造組合理事兼販売対策副委員長、日本酒造組合中央会需要開発委員、一般社団法人awa酒協会理事。

緑色の背景の前で、横にぶれた残像を伴う演出が施された、黒い服を着た若い男性のバストアップ写真。


今井翔也 氏 株式会社LINNÉ 代表・醸造家

元WAKAZE杜氏。東京・パリでそれぞれ初代杜氏として蔵を立ち上げ、4年半の渡仏とアメリカ・カリフォルニアでの酒造経験を経て帰国、2024年京都でLINNÉ創業。実家は1841年創業の群馬・聖酒造。長兄が8代目蔵元、次兄が愛知・丸石醸造で蔵人、母も祖母も酒蔵出身の酒造一家。米と米麹と水で造られてきた日本酒を拡張し、新しいSAKEの概念を創ることを目指す。LINNÉ初の醸造となるブランド「800」は、「異を醸す酒」をコンセプトに、複数の植物由来原料を組み合わせた「クロスボタニカル」を醸造の軸としている。ブランド名は八百万の神などの八百(=物事の数の多いこと)から命名。LINNÉはファントムブルワリー(施設を持たない醸造所)として、全国各地のクラフトサケ醸造所や酒蔵に協力を得ながら製造するなど、斬新な着想に基づく新進気鋭の経営者。

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