若手伝統工芸作家・職人のご紹介 京漆器 枚田夕佳
【若手作家・職人インタビュー】
2021.10.12(火) interviewee:漆芸作家 枚田 夕佳氏
(京都市産技研内 漆工研修室にて)
Q.漆芸の道を目指されたきっかけや影響を受けた人はいますか?
高校生の時に、音丸耕堂(※1)さんの彫漆の作品集を手に取る機会があり、その作品の鮮やかさに驚いたのがきっかけです。漆器については大人しいイメージで、それまで興味を持ったことがなかったです。本当に目から鱗でした。「黒や赤だけで塗ってあるものだけじゃないんだ…、いろんな技法があるんだ!」って。
音丸さんの作品との出会いから漆芸に興味を持つようになって、京都の伝統工芸の専門学校で漆芸を学び始めました。
Q.京都市産技研の研修を受講されたきっかけは何かありましたか?
専門学校を修了後のことですが、石川県輪島にある漆芸工房の作品も、とても精緻で美しいと感じていて、気に入っていました。その工房に、仕事をさせていただきたい、と自作を持ってお願いに伺いました。すると、「線が未熟だから、今の技量では雇えない。もっと勉強したほうがよい」と言われました。厳しい指摘でしたが、気を取り直し、それから色々と調べて、技量の優れた若手を多数輩出している京都市産技研の漆工応用コースを知り、受講することにしました。
Q.受講される時、どう感じられましたか?
ちょうどその時に図案の指導をいただいたのが日展作家の服部峻昇先生でした。元々服部先生の作風が好きでした。私、華やかで派手なものが好きなんです。服部先生の作品にはこれまで見たことのないような技法やデザイン、そして玉虫の羽を使用するといった素材を用いる表現が新しく見えました。とてもびっくりしたんです。今までの漆器のイメージを覆すところに魅力を感じました。
Q.どのようなことを学ばれましたか?
京都市産技研の研修では、少人数制なので先生と細かくやり取りができ、デザインの詳細部分とともに、構想の仕方や考え方を教えてもらいました。これまで自由に作品を作ってきましたが、それだけではない、今までになかった観点で学ぶことができました。例えば、「構図の重心はどこに置くべきか」、「しっくりくるデザインには理屈がある」などです。モチーフのデザインだけではなく、その配置、つまり空間をどう上手く取るかを学びました。
例えばこの棗(なつめ)(写真)は、始めは模様の帯が全体に巻き付いているようなデザインにしていましたが、服部先生から繰り返し指導いただいて、めげずに修正案を出し続けるというやり取りをしました。最終的には自分の得意なパターンと掛け合わせた蝶をモチーフにしたデザインで、蓋部分を中心に配置したものにしました。立体物へのデザインは曲線や余白を考えた配置が難しく、苦労しました。
修了作品の棗「モルフォ蝶」
Q.何か新しい発見はありましたか?
作品のデザインを作る上で「なぜこのデザインが好きなのか」から始まり、デザインを突き詰めて考えるようになりました。今まで美術館でもメモを取ったりはしていたのですが、好きだと思った作品に出合った時、なぜ?どこが?どんな風に?と観察するようになりました。どこにどのような技法が使われているのか、バランスをどのように取っているのか、他に配色や配置についてもしっかりノートにイラストも含めて記録し、気がついた事を書き留めて分析します。元々よくメモを取る習慣がありましたが、京都市産技研の研修を受けるようになってから、メモをして頭の整理をするようになりました。
「気づき」って、書かないと忘れてしまうでしょ?メモを見直して振り返ると大事なことを思い出せる。独学するなら美術館等に行ってそこにある名品から学ぶのが早いと思います。せっかくたくさんの名品や情報に触れることができる社会にいるので、そこからより気になる作品を探して分析し、自分なりに意味を考えたり、情報を蓄積して血肉にすることで視野を広げたり自分の作品の参考にしています。
展覧会等で出会った作品を観察したメモ
Q.デザインができた後、漆の技法の面では、どういったことを学ばれましたか?
例えば、植物の葉を蒔絵で表現する時に葉脈の細い線は、金粉の1号を使うとか。表現したいものによって金銀粉の号数(粒の大小)を細かく使い分けるという京蒔絵のセオリーを教わりました。技術を理論的に知ることができました。
Q.現在の活動について教えてください。
金継ぎをメインに仕事をしています。金継ぎは割れた陶磁器を漆で接着して修理する技術です(※2)。きっかけは、京都市内の観光ホテル(ホテルカンラ ※3)で金継ぎ工房が開設されることに伴い、職人を募集していてこれに応募したことです。正直、金継ぎは今までやったことがなかったのですが(笑)、思い切って応募しました。先輩の金継ぎ職人から技法を教えてもらいながら、私自身がこれまで学んだ漆の技法を金継に応用しました。なぜ経験がないのに応募したのかというと、漆を使った修復の技術力が付くと思ったからです。実際、金継ぎは難しいです。例えば、割れた面を継ぐために内側と外側では塗りの時の筆先の角度も違ってきます。
今では、市内市外関係なく金継ぎの依頼をいただいています。SNSやHPを見たとのことで依頼をもらったり、リピーターの方の口コミなどが仕事に繋がっています。ほかにも相談会なども実施して見積作成の上で修理対応もしています。また、産技研の研修で金継ぎを教えるという機会もいただくことができ、仕事の幅を大きく広げることができました。
金継ぎで修復できるのは、ガラス、磁器、陶器、漆器、石膏があり多岐にわたります。これまでに学んだ技術を使って取り組んでいます。
Q.これから挑戦したいことは何ですか?
これまで学んだ漆の技術で、自分のオリジナルの作品を作りたいな、と思っています。例えば、アクリル素材を使ってその透明さをいかした立体感のある作品とか、キラキラした外国製のアイシャドウを蒔絵の金粉のように蒔いてみたり、色漆を使ってカラフルな表現にしたり。「これも漆なの?」みたいな斬新な表現にも挑戦したいです。
実用性よりも表現を重視した作品作りと、実用を重視した金継ぎの作業など、仕事のふり幅を大きく考えています。今までは、自分自身の「やりたい」「作りたい」という気持ちが先走っていましたが、漆の技術力を上げて綺麗に仕上げることで、表現の幅を広げて、感性や発想に磨きをかけた作品を作りたいと思っています。
Q.京都市産技研の研修を受講してよかったことはなんでしょう。
私にとって、産技研の研修は「なくてはならない通過点」と思っています。この研修との出会いがなければここまで来れなかったと思っています。
Q.これから伝統工芸作家・職人を目指される方にエールをお願い致します。
自分の好きなことを「なぜ好きなのか」と突き詰めて分析することです。目標が定めやすくなり、今すべきことが明確になると思います。
そしてもう一つは、出会ったチャンスを逃さず、チャレンジすることが大事です。迷った時にふと頭によぎる言葉が、「チャンスの女神様は前髪しかない」です。後ろ髪はないから過ぎてからは遅いのです(笑)。「最初はみんな初心者」。一度やってから向き不向きを考えれば良いと思っています。やってみないと分からない。思わぬ結果に転ぶこともありますしね。
京都市産技研での金継ぎ実習(漆工コース・陶磁器コース合同実習)講師を務める。
本日はどうもありがとうございました。
※1 音丸耕堂(明治31年~平成9年)高松市生まれの漆芸家
色漆を数十回から数百回塗り重ねた厚い漆の層に文様を彫り込む彫漆の技法を完成 させ、昭和52年ころから色彩の断層面を表に出した平行しま模様を用いた作品を多 く制作して、伝統的工芸技術による斬新な作風を打ちだした。
独立行政法人 国立文化財機構 東京文化財研究所 より抜粋
※2 割れたり欠けたりした陶磁器を漆(うるし)で接着し、継ぎ目に金や銀、白金などの粉を蒔(ま)いて飾る、日本独自の修理法。修理後の継ぎ目を「景色」と称し、破損前と異なる趣を楽しむ。weblio辞書 より抜粋
※3 ホテルカンラ:https://kintsugi-rium.jp/
後記
とても勉強熱心で探求心旺盛な枚田さん。こんなものを作ってみたい!こんな風に作ってみたい!自身のイメージにより近い作品制作のため、技術力と感性を磨きたいという強い向上心を感じました。伝統工芸と言われる漆器ですが、その中にも新しい要素を取り入れた作品と出会い、そこに強く惹かれた理由を突き詰めることで、今の仕事に彼女らしいオリジナリティが出ているのではないでしょうか。
また、チャンスが来たら逃さない!知らないことでも学んで自分のものにする!という姿勢から、金継ぎという今の仕事に繋げた枚田さんの底力を垣間見ることができました。
「なくてはならない通過点」と京都市産技研の研修を位置付けていただきました。研修の役割の重要性を再認識しました。これからも積極的にチャレンジして漆器の世界を広げて活躍してほしいと思います。応援しています!
PROFILE
枚田 夕佳(ひらた ゆうか)
平成29年度 京都市伝統産業技術後継者育成研修 漆工応用コース 修了
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