若手伝統工芸作家・職人のご紹介 京友禅 吉田麗
「手描友禅をやりたい」言い続けてきっかけをつかんだ
高校は普通科の美術コースで学んだのですが、そこでやったことがなかった染織をやってみよう!と大学へ入学し、京都手描友禅協同組合の職人さんが担当されていた講座で友禅染を教わりました。それが手描友禅との出会いです。約2カ月間の講座でしたが、友禅に興味が湧き、周囲に「手描友禅をやりたい!」と言っていました。しかし、当時から職人の求人は美術系の大学でもほぼゼロに等しい状況で、卒業後すぐに職人になることはできませんでした。
大学卒業後は会社員をしていたのですが、もう少し染織について学びたいと思い、研究生として出身大学に戻ることにしました。ちょうどその頃、知り合いにお声掛けいただき、勉強していたテキスタイルの技術を使ってオリジナル生地を作るため、和雑貨のお店で働くことになりました。和雑貨のお店で働くことが決まったのとほぼ同時期に、産技研の「京友禅染(手描)技術者研修 プロ養成コース」ができ、京都手描友禅協同組合の方が勧めてくださったので応募しました。
産技研の研修は「すべてがよかった」
>産技研の研修は、プロ養成コースの本科と専科と受けてくださっていますが、役立っていることはありますか?
研修は全てがよかったです!まず、当時のプロ養成コースの先生は、70歳以上の名工の方々が多かったのですが、熱心で優しかった。私は2期生でした。先生方は、1期生を1年教えた後で、教え方に手応えをお感じになられた頃だったのではと思います。
更に、先生方の教えを分かりやすく「通訳」してくれる産技研職員の方がおられたことが、心強かったです。プロ養成コースの研修生はある程度の予備知識を持っていますが、専門的なことは分かりません。一方、先生方は、もともと「見て覚えてや」という職人さんです。その間を、産技研の職員さんが分かりやすく伝えてくださいました。
>楽しかったエピソードはありますか?
糊置(のりおき)工程までを産技研の研修室で行うのですが、他の研修生と同じ教室で学ぶことができたのは、大いに刺激になりましたし、楽しかったです。
思い出に残っているのは、下絵合評会です。糊置や引染(ひきぞめ)、挿(さし)友禅、金彩など各工程の講師や実行委員の先生方がすごく盛り上がるんです。「ここにこの花1つがいるかどうか」で熱い議論が続いて、研修生のほうが恐縮してしまうほど。自分の作品だけでなく、他の研修生の作品についてのアドバイスも聞けて、勉強になりました。自分が仕事をし始めると、そういう機会は少ないんですよね。2年間楽しかった、もう一度やりたいなと懐かしく思い出します。
年末まで没頭した工房実習、ありがたい教えの数々
引染、挿友禅、金彩は工房実習で学びます。とくに挿友禅と金彩は、1カ月半から2カ月の間、先生のそばで自分の作品を作ります。先生の技術を盗み放題ですね(笑)。先生方は優しくて、夜遅くや日曜日、年末も受け入れてくださいました。
あるとき、ぼかしに使う片羽(かたは)刷毛がうまく使えなくて悩んでいたのを、こう使えばいいのか!と分かった瞬間がありました。その日、調子よく挿友禅していたのですが、突然「いま塗り方分かったやろ」と先生の声。離れたところで自身のお仕事に集中されているかに見えた先生が自分のことをちゃんと感じてくれている!心臓がつぶれるかと思いました(汗)。
金彩は最後の作業工程なのですが、先にどこに金彩を入れるか計画しておかないと、どこまでも入れがちになります。
そんな時は、「いっぱい入れたくなるのはわかるけど、友禅も糸目糊置(いとめのりおき)もこれだけ一生懸命やっているんやから、金で隠したらあかん」とそれぞれの作品に合わせて指南していただきました。
ほかにも、「掛けてきれいに見せるのも大事やけど、あくまで着物は着るものや。」「いかに納期に間に合わせるか。こんな柄を描いてしまったらいくらの値段の着物になる?後手後手はいけないよ」とよく言われました。
これぞ手描友禅のプロセス、“糸目糊置”の職人に
私は挿友禅をしているイメージを持たれることが多いのですが、とにかく糸目糊の線を引くのが楽しいんです。着物が完成すれば糸目糊はなくなりますが、基本的に手描友禅というものは、糸目糊を置いて色を挿してつくるもの。糸目糊がないとできあがりません。その大事な糸目糊置の職人を目指そうと、研修中に思い立ちました。後で知ったことですが、糸目糊置の職人は少ないんです。
「何かあったらいつでもおいで」、独立後も温かい先生方そして産技研
>研修について聞かせてください。
研修修了後には、産技研を通じて、当時京都市が実施していた「地域人づくり事業」(※1)を受講する機会が得られ、プロ養成コースの先生が私を引き受けてくれました。先生の工房でさらに1年間、OJT(オンザジョブトレーニング)をしながら、先生の技術を学ぶことができました。
その後独立し、プロ養成コースのご縁で染匠さんから仕事をいただいたり、個人の作家や職人さんから糸目糊置を依頼されるなど、なんとか途切れることなく、お仕事を続けられています。
とてもありがたかったのは、卒業しても「何かあったらいつでもおいで」と、産技研や先生方が助けてくださることです。例えば糸目糊置の筒の先金がすぐに割れてしまうとか、線がまっすぐ引けないといった小さなことから、置いてはいけない場所に糸目を置いてしまったというようなピンチまで、惜しみなく知恵を与えてくださることが驚きでした。
(※1)伝統産業を仕事にしたい人と雇用したい人をマッチングし、1年間の実践的なOJT(オンザジョブトレーニング)を通じて、就職支援や自立創業につなげる事業。
仲間と立ち上げたsoin(ソワン)について
6年前、産技研の「京ものエントリーモデルプロジェクト」に参加したのをきっかけに、産技研研修の修了生3人で「soin(ソワン)」結成しました。「soin」は、フランス語で「大切にする」という意味と「絹」という言葉の複数形です。私以外は、それぞれ挿友禅と絞り染めの専門で、3人で合作したり、個別で作品を作ったりしています。
soinでは、「京ものエントリーモデルプロジェクト」で屏風を作ったり、京都国際マンガ・アニメフェアに袱紗(ふくさ)を出展しました。その後、実演イベントや体験ワークショップにお声がけいただくことが増え、「東アジア文化都市」中韓交流事業に参加したことをきっかけに、韓国で3年連続で体験ワークショップをさせていただきました。
また、産技研からのお声がけで、永楽屋や貴船コスメティックス&ギャラリーに出展しました(※2)。
(※2)産技研の研修修了生の自立支援を目的に、修了生の作品の展示販売を京都市内店舗(永楽屋、貴船コスメティックス&ギャラリー)で行っている。
>現在進行形のものは?
丹後の機屋さんから、4月中旬に開催される和装の展示会のお話をいただき、機屋さんが織る生地とsoinの染めのコラボで作品制作に取り組んでいます。今後につながる面白い化学反応が起きそうです。ちょうど今、絞りと友禅のある着物や帯を製作中です。
もう一つ、京都市伝統産業つくり手支援事業の補助金をいただいてベビーベストを製作しました。正絹のベストは、冬はあたたかく、夏は涼しい。着物の生地巾を活かしつつ、家で洗えるようにウォッシャブル加工を施し、染料も変えてみました。製作の企画や染色処方については、産技研にご指導いただき、おかげさまで、百貨店等に納めるのに必要な堅ろう度などの条件を整えられ、製品試験もクリアできそうです。
>苦労や悩みはありますか。
作家にしても職人にしても、物が売れないと稼ぎにはなりませんが、やはりコロナ禍で、この仕事の絶対数は減っているように思います。
また、会社員のように昇進というシステムはないので、自分の技術レベルについて戸惑うことがあります。
伝統工芸・伝統産業では、何をどう大事にするのが良いのかと、同じ伝統分野の仕事をしている人たちと話すことがあります。機械を使っていくのか、あくまでも手仕事でいくか・・・。私は手仕事の間口は広げていきたいと思っています。soinで小物を中心とした商品を販売しているのも、まず友禅染という技術を広く知っていただき、最終的に着物に興味をつなげたいという思いからです。
これからの取組と、支えになるsoin(ソワン)の活動
>コロナ禍で大変な状況ですが、これからの展望をお聞かせください。
新たなチャレンジとしては、工程紹介動画の作成です。コロナ禍で直接お会いして作品を見てもらうことができない中、日本中・世界中の方々に見ていただける染色の動画を作ってみたいと考えています。
また、今年はsoinで人形用の着物を作っていこうと計画しています。ドールオーナーさん自身にも、人形とお揃いの着物や帯、浴衣を作ることもできます。soinの存在は私にとって大事です。三人三様で、これからも各自の良さを活かしながらやっていければいいなと思っています。
応援メッセージ
この業界は団塊の世代が多く、それ以下の年齢層の職人がほとんどいないのが現状です。しかしその分、若手自身が新しいことにチャレンジしやすい環境かもしれません。業界は若い人を育成したいと思っているし、産技研も組合もサポートしてくださいます。
染織業界の状況はかならずしも良いとはいえませんが、昔知り合いの絵描きさんに言われた、「どれだけ大変でもやり続けや。そうしたら最後の1人になれる。」という言葉を心に刻んでいます。やりたいと思った気持ちは大事にしていただきたいです。まずは、産技研の研修やワークショップに参加してみるのもよいと思います。チャレンジしてみたい方は大歓迎!!ぜひやってみてほしいと思います。
(自宅工房にて)
PROFILE
吉田 麗(よしだ れい)
平成23年度 京都市伝統産業技術者研修 第2回プロ養成コース 本科 修了
平成24年度 京都市伝統産業技術者研修 第3回プロ養成コース 専科 修了
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