
2050年の京都のビジョンを描く
〜未来を担う若き挑戦者たちからのメッセージ〜
2026年1月28日、産技研UC主催により「2050年の京都のビジョンを描く」をテーマに「2026新春講演会」を開催。パネリストに、京都を拠点に活躍する次世代のリーダーとして、華道家・写真家の池坊専宗氏、月桂冠株式会社代表取締役副社長の大倉泰治氏、株式会社堀場製作所取締役の堀場弾氏を、モデレーターには京都大学総合博物館准教授の塩瀬隆之氏を迎え、「次世代へのバトン」「守るべきこと・革新すべきこと」「何を中心に据えてバトンを受け継ぎたいか」「美と文化」「2050年の京都のビジョン」という5つの問いをもとに、それぞれの事業や文化の継承におけるビジョンを語り合いました。
「次世代へのバトン」
塩瀬:皆さん、こんにちは。今回は、25年後の「2050年の京都のビジョンを描く」をテーマに細かい打合せなしで自由にディスカッションしていきます。私は、2020年に『問いのデザイン』という本を執筆しまして、色々な方に問いかけるという研究をしております。今回も「問う」役として呼ばれていると思いますので、早速ですが、1つ目の問い「2050年、次世代にどんなバトンを受け渡したいか」をお聞きしていきます。お三方は、まだ前の世代からバトンを受け取っているかどうかの段階ですが、敢えて「次の世代に何を渡すのか」を先にお聞きできればと思います。
池坊:今から25年を遡ると、その頃のいけばなは今よりもっと勢いがあって、花ももっと主張するようなものが多い時代でした。それから長い停滞の時期を経て、今は形式に囚われず、いけばなのルーツである「花の命と心を通わせる」という生け方に戻っています。かつてと令和の今とで変わらないこととして、花も我々も生きていますから、命と命の交感や対話があります。25年先に、例えばAIやロボットが生活に組み込まれたとしても、「命ある花」と向き合い、互いの命を尊重する、いけばなのルーツをぶらさずに25年後も後世に伝えていきたいと思います。
大倉:まずは「一緒にやっていける会社のチーム、仲間」をつないでいきたいと思います。今採用した人が、30~40年後に次世代をサポートする立場になり、次にバトンを渡す人へとつながっていきますから。あとは、「日本酒を飲む文化」はしっかりつないでいきたいですね。単にアルコールを飲むということだけではなくて、結婚式で三々九度の契りを交わしたり、お正月にみんなで日本酒を囲んで飲んだりといった、日常的なレベルの文化についても残していかないといけないと思います。放っておくと消えていく可能性もあると思いますし。物を作って売っている立場ですけれども、その物にはやっぱり色々な文化や慣習・習慣が紐づいていますので、そういったことを伝え、つないでいきたいと考えています。
堀場:私は堀場製作所に入って約20年になりますが、この5年くらいの間に事業環境や会社での働き方が大きく変わりました。その中で、事業を通じてどんな未来を描いていくのかを考えることになり、2年前の70周年の際、海外のメンバーを含めて15名程で、創業100周年を迎える30年後について議論しました。皆に共通した思いは、「この素晴らしい地球の環境を我々が仕事を通じてどう守っていき、人間だけではないあらゆる動植物や自然が生き生きとする世界をどう作っていくのか」であり、思い描く理想の世界を、本業を通じて実現していきたい。そこで最終的に堀場製作所の社是「おもしろおかしく」から「おもしろおかしくをあらゆる生命へ」というビジョンを改めて設定し、それをベースに仕事をしていこうと、社員のみんなに伝えています。とはいえ、現実は常に競争環境の中で会社がどうやって生き抜いていくかという難題に日々直面しています。AIなどの技術の広がりや、競争環境の変化にあって、どう生き抜いていくのかという価値観も伝えていくことが大事ではないかと思っています。




守るべきこと・革新すべきこと
塩瀬:変化する社会の中では、「守るべきこと」と「変えること」のバランスが重要ではないかと思います。そのバランスについて、お伺いできたらと思います。
池坊:守るべきことは、生きている植物の命への共感であり、それがまさしく核心であり、全く変わらないと思います。いけばなのルーツが仏様へ捧げる花にありますから、生きている花にしっかりとフォーカスしていきたいです。逆に、それ以外はどんどん変えていけばいいと思います。
大倉:守りたいのは、やはり「月桂冠」ブランドの価値ですね。悩ましいのは、「守っていると守れない」ものがあって、常に新しいことにトライしていないと維持できないのです。とはいえ、がむしゃらにトライしようという意味ではないですけど、世の中の変化の方向感を間違えないことが一番難しいなと思います。
堀場:守るべきことは、個人的には「人と人との関係」と「現場を理解して判断していくこと」だと思います。便利なツールもありますが、あくまでもツールであって、ダイレクトなコミュニケーションを通じて信頼関係を作っていく、現場を見て状況を理解して判断していく。そういった意味での現場の大切さは、これからも守っていくべきではないかと思います。
何を中心に据えてバトンを受け継ぎたいですか
塩瀬:ここまでご自身が「次の世代に何を渡すのか」を伺いました。ここで、先代や先々代から「これは少なくとも受け継ぎたい」と思うもの、その中心に据えようと思うことがあれば教えてください。
池坊:我々華道の世界は「人」が中心です。ものすごい熱量を持って花の道を伝えてらっしゃる師範の先生方が津々浦々におられます。そんな情熱ある方々が日本中、世界中にいることが財産です。しっかり受け継いで、大切にしていきたいと思います。
大倉:この質問はすごく難しいですね。私は父からバトンを受け継ぐことになりますが、父も祖父からバトンを継いだので、いってみれば「役職がバトン」であって、それ以上でも以下でもない。その時の自分の得意不得意でやれればいいといった、そんな感覚の方が強いです。私は一度東京で銀行員をしていましたが、そこで多くの中小企業の社長さんや後継者の方に接した経験から、「後継者という仕事は、一般的で普通の仕事なんだ」と気負いなくできたように思います。
堀場:受け継ぐポイントは、「良き」を残し、今の価値観で必要ないと思うものは受け継がないということですね。堀場の技術や「おもしろおかしく」という価値観、新しいことに常にチャレンジし続けることなど「良き」は大事にしたいと思います。
塩瀬:京都だからこそ、ということはありますか。
堀場:京都はものづくりの街であり、他の真似をしないとか、こだわってものを作るなど「ほんまもん」を追求する作り手の信念があります。そこは、堀場にとって京都という地にあるメリットだと思います。
大倉:京都には、長く続いている会社だからこその経験やモデルケースが街中に転がっていますので、そういったお話を色々なところで聞いたり、一緒に勉強させてもらったりするのは、すごく力になるなと思っています。
池坊:京都の上の世代の方は後継者に対し「余白」をもった伝え方をしておられるので、すっと後を継ぐことができるのかなと感じます。同時に、私自身、京都に生まれ東京でも過ごしたり、花は京都以外の地域の先生にも教わったり、海外の方とも交流していますが、その混ざり合うマーブルな感覚もいいなと思います。
塩瀬:物心ついた頃からバトンを受け継ぐことを意識する瞬間などは、ありましたか。
堀場:特に直接言われたことはないですが、自分が文系出身ということもあり、あるべき役職の姿と自分の足りない実力とのギャップに悩んでいた時期がありました。その時に創業者の堀場雅夫と話す機会があって、「経営は山登りと一緒や」と言われたことがあります。「技術系の自分は技術のルートを登ってきた。お前は海外での仕事や、営業、企画などを経験して、違うルートを登り、7合目ぐらいまで来ている。ここから頂点に向かってどう登っていくかの方が大事なんだ」と。すごく悩みを解消してもらったというか、強みに集中して付加価値を出していくことの方が大事だと気づきました。
美と文化
塩瀬:今回、産技研がこの場で議論したいこととして「美と文化」があります。ここから連想して、京都でこんな風に盛り上げていけたらということがあればお話しください。
池坊:以前、産技研を見学した時に、食品、漆器、染織、陶芸など本当に幅広い分野に取り組んでいると知りました。私は写真も手掛けるのですが、昨年『よい使い手、よい作り手』という写真集を出版する際、多くの伝統工芸の作り手を取材しました。作り手の方々は本当に感覚的な部分も追求されています。一方で、産技研による科学的な研究が、感覚的で繊細な美の作り手の仕事を支えていることもよく分かりまして、それが京都の非常に強いところかなと思います。
大倉:「京都ブランド」は強いのですが、外の人が見た時の京都と、京都の人が思う「京都らしさ」って結構ずれています。個人的には「京都らしさ」を前面に出し過ぎるスタンスだと、袋小路に入ってしまうと思います。それよりも、京都では、色々な知見やサポートをいただけるインフラというかメリットがあって、それをいかすことが大事だと思います。
堀場:堀場は技術ベースの企業ですので、難しい質問ではありますが、京都はこのサイズ感の中でグローバルに展開している企業や文化に富んだ環境があり、しかもそれを長い歴史を経て受け継いでいる方々がこの距離で活動し、つながっている。そこで価値観の交換ができる環境にあるのが、非常にありがたいなと思いますね。

「2050年の京都のビジョンを描く~未来を担う若き挑戦者たちからのメッセージ~」
塩瀬:本日のディスカッションを通じて、「真・善・美」について、考えさせられました。「真」は0か1かの世界です。「善」は善悪であり、社会が決めるものです。しかし「美」には、明確な答えや線引きがありません。だからこそ「美」とは、長い時間をかけて、人々の間で共有していくのだと思います。私はかつて「熟練技の伝承」を研究していましたが、新しく生み出しながら受け継いでいくものこそが、本当に継承され、残っていくものだと思います。そしてその際、重要になるのが「景色の共有」です。例えば「赤いTシャツを着て集まろう」と言うと、皆ばらばらの赤色を着てきます。しかし「平安神宮の社殿の朱色」と言えば、京都の人なら頭に浮かぶ色が重なるはずです。言葉を超えて共有できる「景色」がたくさんあることこそが、文化集積地・京都の強みです。京都という場所、そして産技研というコミュニティで、互いの技術や文化を持ち寄り、この「景色」と「美意識」を共有していく。そうすることで、2050年に向けて新しい価値が生まれ、受け継がれていくのではないかと期待しています。
塩瀬:それでは最後に「2050年の京都のビジョン」、皆さんに伝えたいメッセージをお願いします。
堀場:京都のような環境は海外でもなかなか例がないと思います。「ほんまもん」のものづくり文化に伝統が積み重なっている。ここを大事にしながら、海外でも負けない企業体を作っていきたい。また、経済界と文化界とのつながり、人との関係を大事にしていきたい。産技研のような技術支援の機関が、各界の課題を解決したり、付加価値を生み出したりするような、「架け橋」となっていただきたいと思います。京都が世界で際立つ存在になっていくように、私共も頑張っていきたいと思います。
大倉:先ほど、京都は後継者に対して優しく、後継ぎがしやすいという話がありましたが、後継者が先代のことを否定できるというか、ある意味好き勝手にクリエイティブにやれる、意外とイノベーティブな街だと思います。伝統産業は保護されるべきか競争環境に置くべきかという議論がありますが、京都はほぼ唯一、保護なしで自立して生きていける環境だと個人的には思っています。産技研もいろんな産業へのサポートをしておられますが、25年後もその世代のクリエイティブを発揮できる京都の街であってほしいと思います。
池坊:京都基本構想の策定に向けた若手チームに関わったのですが、その議論の中で一つ印象に残るのが、いろんなアイデアが生まれるようなスタート・土壌は決めるけども、ゴールは一つに決めずにあえて曖昧さや余白を残す方がよいのではないかということでした。京都は1200年の歴史と蓄積があります。今という時代を50年前、500年前、1000年前と比較して立ち位置を考えることができるのは、世界中の都市でもなかなかできない京都の強みだと思います。そんな強くしなやかな京都には、時代の変化の中で世界に対して一致団結するポテンシャルがあると思います。この先25年も皆さまと共に頑張っていけたら嬉しいと思っています。
塩瀬:ありがとうございます。お三方はこれからの京都を牽引していくリーダー達だと思います。25年後の2050年に産技研ユーザーズコミュニティでこのメンバーで語りあえたらと思います。今日はありがとうございました。
【参加者の声】(参加者アンケートより)
参加者からは、2050年の京都について、「伝統と革新が対立するのではなく、重なり合いながら進化していく都市」や、「多様な価値観が融合する明るいまち」といった前向きなイメージが多く寄せられました。具体的には、歴史や文化、ものづくりの蓄積を大切にしつつ、AIや再生可能エネルギーなどの新しい技術や産業を柔軟に取り込みながら、持続的に発展していく京都であってほしいといった声が聞かれました。
こうした京都のあり様を支えてきた要素として、京都特有の「土地のサイズ感」が生み出す分野横断的で濃密なネットワークや、若手経営者や次世代を周囲が自然に支える風土の重要性を再認識したという意見も目立ちました。これらを今後も大きな強みとしていかしていきたいという声も寄せられています。
また、伝統は守るだけではなく、更新し続けるものというパネリストの姿勢に共感し、自身も技術の基礎を磨き続けたい、異分野との交流や新たな挑戦に踏み出したいといった意欲的な声も多く見られました。さらに、築き上げてきた価値をいかに次世代へ手渡すか、会社や産業として存続していくために何を変えずに残すか、何を変えていくべきかについても、多くの参加者が真剣に考えるきっかけとなったことが伺えました。
産技研UCでは、引き続き、このような対話と学びの場を通じて、京都の強みをいかした挑戦を後押ししてまいります。
- #新春講演会
- #京都市産技研UC