独自の味と香りを醸す「京都酵母」から日本酒の新しい価値を創る
全国有数の日本酒の産地である京都。産技研では、日本酒をつくる上で重要な役割を持つ酵母を1960年代から京都の酒造業界へ提供するとともに、精米歩合によるランクの価値から日本酒の香味を楽しむスタイルの価値の転換を目指し、オリジナル酵母の開発を続けてきました。そして2004年に「京の琴」を開発して以来、開発した5種類の「京都酵母」のブランド化をすすめ、業界と協力して新しい日本酒づくりを支援しています。
2013年には京都市において全国の先駆けとなる「日本酒で乾杯条例」※を定めるなど、日本酒を生活の中で楽しみ日本文化として広める取組も進んでいます。京都酵母で酒を「創る」取組をともに進めていただいた伏見酒造組合・株式会社増田德兵衞商店と京都酒造組合・松井酒造株式会社に、日本酒づくりについての現在の取組や今後の挑戦について伺いました。
※ 京都市清酒の普及の促進に関する条例:清酒の普及を通して日本人の和の暮らしを支えてきた様々な伝統産業の素晴らしさを見つめ直し、ひいては日本文化の理解の促進に寄与することを目的として制定された(2013年1月15日施行)。
数値化できない部分にクリエイティブなおもしろさがある
伏見酒造組合 理事長
株式会社 増田德兵衞商店 代表取締役会長 第14代目 増田 德兵衞 氏
――これからの京都の日本酒づくりで京都酵母はどのような可能性があるでしょうか。
他都市にはない京都ならではの特徴としての京都酵母を活かしていきたいですね。酵母や酒に完成はありませんので、研究を続けて、みんなで育てていかなあかんと思います。同じ酵母を使っても、蔵によって仕込みが違うので香りや味に個性が出ます。酒づくりは、思った通りの味にならなくてもかまへんと思います。
昨年、フランス人の社員がワイン酵母を使って精米90%以上でつくった酒がありまして。
出来立てはいまいちでしたが、熟成するととてもいい感じになりました。酒は生き物なので、AIでは分析しきれないですね。醸造量の多少にかかわらずもちろん数値管理は必要ですが、試作段階でさまざまなチャレンジをしながら数値化していく面白さもあります。飲んだ時にはっきりと特徴がわかるように、京都酵母の可能性の精度を上げていきたいですね。
――今後、挑戦していきたいことはどんなことですか?
食事の席で日本酒をもっと楽しんでもらうようにしたいですよね。その空間や品格、間合いが大切です。それと並んで、誰と飲むかがすごく大切なんです。飲んで、語らって、豊かな時間を過ごしていただきたい。海外の富裕層をはじめ、酒と料理のペアリングを楽しむ方が増えています。食事を始めて途中でワインも飲んだり、切り替えの自由なスタイルもいい。囚われすぎずにクリエイティブに工夫していかなければと思います。
日本酒はフレンチにもイタリアンにも合いますし、今研究しているのは中華料理との組み合わせ。酵母のブレンドや、できた原酒を混ぜるアッサンブラージュという手法も取り入れていきたいですね。量をたくさん飲んでいただくことよりも価値を高めることを目指して、酒づくりを進化させていきます。
PROFILE
AR(拡張現実)やコラボ商品など新しい表現で日本文化を発信
京都酒造組合 理事長
松井酒造株式会社 代表取締役会長 松井 八束穂 氏
――これからの日本酒の価値についてお考えをお聞かせください。
日本人にとって、お酒は祈りなんです。乾杯の時に「ご多幸を祈念して」と言いますよね。日本酒で乾杯条例にも、「日本文化の理解の促進に寄与する」と書かれています。京都の気概を感じますね。「神蔵(かぐら)」という商品に京都酵母の「京の恋」を使用しています。地産地消を大事にしており、水、米、麹も京都のもの。酵母は生き物なので、京都産の性質が安定した酵母があることの意義は大きいと思います。
ワインの「シャンパーニュ」や「ボルドー」のように産地を指定するGI制度(地理的表示保護制度)が日本酒にも取り入れられ、輸出も伸びています。欧米の方は酒について造詣が深いですね。文化として捉えている。日本酒を通じて日本文化を発信していけたらと思います。
――今後、挑戦していきたいことはどんなことですか?
うちは昭和の終わりに一度酒造りをやめて、平成21年(2009年)に復活した酒蔵ですので、新しいチャレンジがしやすいんです。京都市のプロジェクトで漫画家の方々とコラボした日本酒を発売したり、AR(拡張現実)の技術で製造風景の動画が見られるラベルを採用したり。若い人のアイディアを受け入れて、やってみようという風土があります。
若者を中心に、日本酒離れがますます進んでいます。海外の方も含め多くの人に日本ならではのお酒を楽しんでもらえるよう、アルコール度数が低い商品の開発にも取り組んでいます。料理との相性にもこだわって、日本酒を初めて飲む方に美味しいと感じてもらえるものにしたいですね。
PROFILE
研究員より
新しい酵母の開発には、だいたい10年はかかると言われます。私が担当した「京の恋」は、運良く開発途中で一緒にチャレンジしてくださる蔵元さんとの出会いがあり、短期間で実用化が進みました。他府県にも独自の酵母はありますが、これだけブランド化に力を入れたのは京都が初めてだと思います。酵母はビールやワイン、パンにも使われるので、今後は日本酒以外のジャンルでも、京都酵母の新たな可能性を探っていきたいです。
(バイオ・食品・醸造分野 清野 珠美)
酵母という新しい視点から、日本酒に触れるきっかけを増やしたい。そんな想いで「京都酵母」のブランディングが始まりました。試飲会などに積極的に出展し「京都酵母」をご紹介し続けた結果、イベントやSNSで声をかけていただくことも増えてきました。ロゴマークをつくって終わりではなく、業界にも消費者にも想いを伝え続けたこの数年間。ここからさらに広がって、蔵元さんやお酒を飲む方に長く愛されるブランドになっていければと思います。
(デザイン分野 沖田 実嘉子)
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