脱炭素社会の実現への大きな一歩
木材から生まれた新素材セルロースナノファイバー(CNF)※を開発
※ 植物繊維をナノサイズ(1mmの百万分の1)まで細かくほぐした素材
京都大学 生存圏研究所 生存圏開発創成研究系 教授 矢野 浩之 氏
鉄の1/5 の重さで5 倍の強度を持つCNF は、植物繊維を解きほぐした新素材として世界的に注目されています。1997年に京都市で開催されたCOP3(第3回気候変動枠組条約締約国会議)において採択された「京都議定書」を機に京都市の地球温暖化対策は大きく動き始めました。産技研においても産学公の連携による環境技術の開発として、CO2の排出削減に資するCNFの研究開発に取り組んできました。そのCNFに関する研究の第一人者である京都大学の矢野浩之先生を、産技研の材料・素材技術グループ長 仙波健が訪ね、20 年余りに亘る京都大学、産技研及び関連企業とともに推進してきたCNFを活用した新素材開発プロジェクトの取組を振り返りながらお話を伺いました。
CNFを社会実装するための、コストを抑えた製造法「京都プロセス」を共同開発
――(仙波グループ長 以下同様) 矢野先生が京都大学で取り組んでいたCNFを活用した新素材開発に産技研も参画して20年、「京都プロセス」と名付けた製造プロセスを開発できました。産技研がこの取組に参画できたことに感謝いたします。ところで、矢野先生はもともと木材の研究をされていたんですよね。
僕は、木材の物理的性質と構造の関係を調べる研究室の3代目の教授ですが、先代の教授がCNFと物性の関係を明らかにしていたので、それを発展させることがミッションでした。
もう20年ほど前、近畿経済産業局のプロジェクトについて、当時の産技研有機材料研究室の北川和男氏に相談させていただいたんです。研究プランの立て方から申請書の書き方、チームのつくり方まで教えてもらって、さらにプロジェクトに関わる各方面の関係者をご紹介いただきました。狭い世界で活動していた僕たちにとっては、大きな転機でした。北川さんや仙波さんほど垣根を越えて熱心に動いてくれる支援機関の方には、なかなか出会えません。数々の逆境を乗り越えることができたのは、この貴重な出会いのおかげです。
――CNF製造プロセスの開発は、長い道のりでした。
CNFとプラスチックによる新素材製造は、「水」と「油」を混ぜるようなものなので、とにかく均一に混ぜるのに苦労しました。プラスチックの中でCNFが凝集してしまうのでうまく解れず強度が出ませんでした。そこでセルロース科学の大家である中坪文明先生(京都大学名誉教授)のお力で均一に混ぜるという難題を克服して劇的に性能を上げることができました。でもまだこの時点では、コストの問題は解決できませんでした。新素材としての大きな理想を語りながら、価格が高すぎて商品化ができない……そのジレンマに苦しみました。
国のプロジェクトでスケールアップを目指して生産プロセスを見直していくのですが、多くの研究費をいただいているので、すごいプレッシャーでした。約40人のチームで、10年近く続きましたね。その結果、セルロースを解きほぐす、プラスチックと混ぜるという2つの工程を一度に行う技術の開発にたどり着きました。山に行って木を伐るところから始めてCNF製造からCNFとプラスチックの新素材生産までつなげるという一連の取組が「京都プロセス」となって結実しました。この「京都プロセス」がなければ、工場での量産は実現しませんでしたね。
各分野の専門家が集結して、木から生まれた新素材CNFを自動車づくりに活用
――京都プロセスが完成してCNFの社会実装も少しずつ成果がでてきましたね。
水上オートバイのエンジンカバーや、ランニングシューズのクッション材など大手メーカーの製品にCNFが採用されて、長年の研究が社会実装につながっています。次の目標は、日本の製造業の代表である自動車です。2016年からは、22の大学・研究機関・企業でチームを組んで、環境省の自動車の軽量化を目指すプロジェクト(京都大学:「NCVプロジェクト」https://www.rish.kyoto-u.ac.jp/ncv/)に励み、今も奮闘しているところです。
――ドアやボンネット、バックドアガラスなど13の自動車部品にCNFを使うことで、従来よりも約15%軽い自動車が誕生しました。自動車業界の方々にご協力いただいて、とても勉強になりましたし、すごいプロジェクトでしたね……。
世界で最初にプラスチックにおけるナノ材料を作った臼杵有光先生(元、豊田中央研究所)が参画してくれたことで、木から自動車の多くの部品をつくるという途方もない構想が実現しました。予算規模も数十億円とかなり大きい中で、リーダーとしてあらゆる調整をしていただいて。白熱した議論が夜中まで続くことも度々ありましたね。自動車の材料と生産技術の第一線で活躍されている方々がCNFを活用して自動車をつくるために真剣にぶつかり合う姿には、感動しました。あれをもう一度って言われたら、もう体力がもたないですね(笑)。
原材料調達から廃棄・リサイクルまでのCO2排出量を数値化するライフサイクルアセスメントの研究者にもご協力いただきました。それにしても、20年の間にCNFの位置付けは大きく変わりましたね。脱炭素がこれだけ大きな社会課題になるとは思いもしませんでした。
――今やセルロースを使わない選択肢はありません。私はプラスチックを専門としているので、矢野先生からCNFをご紹介いただいた時、これほど美しいナノ繊維が植物の中で作られているということに驚きました。プラスチック業界の開発者はみんな驚いたと思います。
木材とプラスチックのように、異分野の研究者が連携することの重要性を感じますね。2030年に向けて、我々はバイオ系プラスチックの補強に力を入れていきます。ものをつくる時には必ずCO2が出ます。CNFの強みは、CO2を吸収した木材を使うため排出量がマイナスの状態からスタートできることです。更に、砕いてもう一度成形しても素材としての性能が変わりませんので、マテリアルリサイクルの可能性があります。燃やさない限り、CO2を大気中に戻さず固定し続けられるんです。
日本には豊富な森林資源がありますが、十分に利用されないまま毎年約8000万立方メートルずつスギやヒノキといった人工林で増え続けています。これをCNFに換算するとプラスチックの年間使用量の1.5倍になります。日本の豊かな森林資源を活用して脱炭素社会を実現できるよう、CNFの社会実装を京都から更に発展させていきましょう。
セルロースナノファイバーの取組について詳細はこちら
研究員より
CNFは、脱炭素社会にとても重要な存在です。普及段階の今、本取り組みの20年間の歩みを少しずつ引き継ぐ中で、とても大きな責任も感じながら研究に関わっています。今は、新たに生分解性プラスチックや石油を使わないプラスチックとCNFを組み合わせる研究も進めています。
(プラスチック分野 野口 広貴)
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