若手伝統工芸作家・職人のご紹介 京漆器 芦󠄀田直子
短大時代の授業で漆と偶然に出会った芦󠄀田さん。一度は民間企業に勤務したものの、東日本大震災をきっかけに本当にやりたいことを突き詰めようと、導かれるように漆の世界へ足を踏み入れました。
現在は、美術工芸品や茶道具の修理などの繊細さが求められる仕事と、ダイナミックな作品作りの両方を手掛けられています。漆やものづくりに対する情熱が伝わるお話を伺いました。
漆との出会い。経験を広げた会社員時代
漆との出会いの後、本格的に学ばれるまでに少し間があったとお聞きしております。
「私は、短大では産業デザインの勉強をしていました。2年生の時に企業とコラボレーションで商品開発をする授業があり、オルゴールメーカーと取り組んだのですが、『漆を使うとオルゴールの音の響きがいい』という話があったんですね。軽い気持ちでやってみたのが漆との出会いでした。塗りだけでなく、螺鈿、箔貼りもやりました。でも苦心したのに、完成したものに納得がいかず悔しい経験をしました。
短大卒業後は仕事を転々としていました。大阪で販売促進の仕事に就き、POP広告の制作指導や店舗のレイアウト改造などに携わりました。その後、バッグ販売の会社に転職しました。ネット販売を担当していましたが、入社直後に上司が怪我で休職してしまい、受注から検品、発送、お客様対応までほぼ一人で、日付けが変わるまで働く日も少なくなく、そんな生活を2年続け身体を壊してしまいました。」
転機となった東日本大震災が起こったのですね。
「東日本大震災が起こり、ネット販売にもその影響があって対応に苦労しました。その時、自分の中で何か張り詰めていた糸が切れたんです。いつ自分の命がなくなるかもしれない、それなら自分のやりたいことをしようと。そこで自分のスキルを振り返っていた時、日展や美術館の婚礼調度品で漆に触れたことがきっかけとなり、短大の授業での悔しい経験も甦って『漆工、自分にもできるかも!』と思えたんです。
そこで作家の道か職人の道か考え、作ったものに値段を付けて販売するためには職人の教えが必要だと思い、まずは職人を目指すことに決めました。」
漆の技術を学ぶために京都へ~産技研研修の受講~
産技研の研修はいかがでしたか?
「漆の研究所はいくつかあるのですが、入所条件に1年以上の経験が必要というところが多いのです。その時は経験を積ませてもらえるつてもなく、見つけた京都伝統工芸大学校(TASK)で2年間学びました。卒業後、TASKの大家忠弘先生の勧めで、産技研の研修を受けることにしました。先生から見て、私は塗りと蒔絵と両方できると感じていただいたようです。大家先生の工房で塗りを、産技研で蒔絵を学ぶようになりました。
産技研の研修では、平棗(ひらなつめ)やお椀など、丸ものの蒔絵などを初めて学べたのが良かったです。特に、置き目の作り方などは、今の仕事にもつながっています。
研修で最初の頃苦労したのは研ぎ出しです。蒔いた部分を覚えているはずなのに、いざ漆を塗って真っ黒になるとどれだけ蒔いたか分からなくなる。初めて研ぎ出す時は怖かったです。今から当時の作品を見るとまだだいぶん研げますね(笑)
来年度からは、研修講師を務めることになりました。カリキュラムは大事にしながらも、生徒に寄り添った教え方を大事にしたいと思っています。押し付けると人間は続かないですよね。その人がどうしたいか、どういう方向に行きたいのかが明確であればあるほど、それを尊重した方が早く進むことができると自分の経験から感じます。」
今の仕事~美術工芸品や道具の修理など
職人としてのお仕事について、お聞かせください。
「大家先生のもとで働いて6年になります。美術工芸品や茶道具の書付物、舞台道具、京都の老舗の割烹料理屋の道具などの修理や製造を、お客様の依頼を受けて行っています。例えば社寺からのお花見弁当箱などの美術品の修理や、国内外からのお仕事で陶器に漆の蓋を付けて水差しにしたいというご希望にお応えしたり、ホテルからの依頼で花活けなども作りました。金属部分も含めた磨き直しや、蒔絵をすることもあります。
ご依頼いただいた時は、お客様と「今回はこうした方がいいですか」「この状態ですと、こうしたほうがよいと思いますがどうでしょうか」といったやり取りによって、その都度やり方を決めていきます。
自分で考えたデザインや手法が認められ、ご依頼主様に喜んでいただけるのが一番嬉しいことです。難しい仕事ほど喜んでいただいた時にやりがいを感じます。特別なことがない限りはすぐにお断りせず、できる限りご希望に添えるお仕事をするよう心掛けております。心構えとしては、目先の事にとらわれず、数年後、数十年後を見据えたしっかりとした物を作り出すことです。
また修理のお仕事はとても勉強になります。剥離や破損状況などを分析していくと、作られた時代背景を感じられたり、時々反面教師になったりと、難しければ難しいほど面白く、学ぶところがたくさんあります。」
自分らしい表現の探求~殻を破った作品「インフェルノ」、高みを目指して戦い続けたい
最近は公募展にも意欲的に参加されているのですね。
「はい、年に数回公募展にチャレンジしてきて、日本新工芸展で2回入賞させていただきました。第40回の「漸動(ぜんどう)」と第41回の「Inferno(インフェルノ)」です。
「Inferno(インフェルノ)」はとても面白いと思ったのですが、どんな意味が込められた作品なのですか?
「出品直前に、アメリカ映画の『インフェルノ』を上映していて、この言葉が『強烈すぎて消せない火』という意味だと知り、作品のタイトルにしました。2つの作品はつながっているのです。噴火して湧き上がるドロドロした溶岩のイメージ、秘めているものを少しずつ出していくイメージで作りました。
それまでは、あまり自分をアピールしてきませんでした。『漸動』は、火山が噴火した後に固まったところはすごく硬そうだ、あの雰囲気が漆で表現できるのではないかと考えました。割れた形は、殻から少しずつ出ていく自分の姿でもあります。大きい作品づくりは初めてで、『これから作家活動をはじめます』という気持ちを表現しました。
展示会場にお越しになった皇族の方に『漆にない表現方法で、風合いがすごく面白い。この表現でもっと挑戦したら』と言われました。初めて作った作品をそんな風に褒められて夢見心地になったことを覚えています。」
これからの活動~オリジナル商品の展開
漆工をよく知らない女性でも手に取りたくなるすてきな指輪ですね。
「指輪や帯留め、カフスボタンなどのアクセサリーや生活用品を、これから商品として作っていこうと思っています。
新型コロナウイルスの影響でお仕事が少なくなってきていることもあって、しばらく自分の活動に注力していこうと考えています。店頭販売もすぐには難しいと思うので、ネット販売も視野に入れています。写真でアップに撮ればきれいに見え、伝わりやすいのではないかなと思っています。」
10年後、30年後を見据えたサステイナブルな漆器
新たな素材にもチャレンジされていると伺いましたが・・・?
「もともと漆器はサステイナブルなものだと思っています。そこで今、廃棄物を素材として漆器に利用できないかという発想で試作品を作っています。大学に入ろうと考えた頃、環境や森林が気になっていた時期がありました。その時の興味が、このような活動につながるとは思っていませんでした。伝統的な京漆器から見ると、画期的な手法なのかも知れませんけど (笑)」
漆工の道と私らしさ
さまざまなお仕事の経験が昇華して、漆工へのエネルギーが満ちているように感じます。
「私は飽き性なんですが、びっくりすることに、漆の世界では次から次へ勉強しようということが溢れている。足りないものが色々見えて、いつも戦っている感じがするんです。
『作品を見たら誰のものか分かる』ことがありますが、この頃、私も自分らしさの形が見えてきているような気がします。今のスタイルを続けてみたい。ダイナミックさ、技術をアピールして見せること、そしてお客さん目線を忘れないものづくり、この3つを展開できたらと思っています。」
伝統工芸作家・職人を目指される方に応援メッセージ
私は伝統的な家柄でもないですし、この道を歩んでまだ8年ほどしか経っておりませんので、大きなことは言えませんが、続ける事が一番大切だとつくづく思います。そして自分の特徴に気づくことが大事だと思います。長い目で頑張れば、生涯できる仕事としていつか認めてもらえる日が来ると思います。一緒に頑張りましょう!
(令和3年1月、産技研漆工研修室にて)
PROFILE
芦󠄀田 直子(あしだ なおこ)
平成26年度 京都市伝統産業技術者研修 漆工応用コース 修了
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